読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

リストリー・ノーツ

歴史ゲームのプレイレポートが中心。https://twitter.com/SuzuTamaki

上杉家で中華皇帝を目指す 第5回「激闘の1世紀」(1588年~1647年)

前回のあらすじ~

明との対決を勝利で終えて、山東半島と北京近郊にそれぞれ斉・燕という独立国を設立した帝国日本。

当然これは次の戦いへの準備でしかなく、治憲の後を継いだ第3代将軍・上杉秀吉は、20年に及ぶ休戦期間の間に国力の増大に努めた。

f:id:SuzuTamaki:20170423123951j:plain

 

 

 

第二次・第三次日明戦争(1588年~1624年)

2度目の戦争に向け、日本軍としてはまず、陸軍兵数で明を上回る必要があった。

よって、まずは「量」アイディアのコンプリートを急ぐ。これで陸軍保有限界+50%だ。(さらに保有限界+10%の効果をもつ軍事顧問も採用)

f:id:SuzuTamaki:20170423132624j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423132819j:plain

結果、陸軍保有数は明を抜いて世界トップに躍り出た。明の保有限界62万というのは恐ろしいが・・・。

 

 

さらに、次代の目標が3つ達成されたので、「黄金時代」を発動させる。

f:id:SuzuTamaki:20170423133007j:plain

これは1ゲーム中に1度だけ使えるもので、発動から50年間にわたって以下の効果が付与される。(時代が変わっても継続される)

 

  • 陸軍士気、海軍士気それぞれ+10%
  • 君主点を消費するすべての行動において、消費君主点が-10%される。
  • プロヴィンスの商品生産量が+10%される。
  • 絶対主義の最大値が+5される。

 

どちらかというと内政に資する部分が大きいようだが、ギリギリの総力戦においては士気の値も重要なため、今回開戦前に発動。

50年もあれば2~3回の戦争まで含むことができるだろう。

 

ちなみに「改革の時代」の2つ目のAbilitiesとして「真なる信仰を持つ地域へのInstitutionの伝播速度+50%」というものを採用している。未だ受容できていないルネッサンスの拡大をサポートしよう。

 

最後に、武士階級のInteractionsコマンド "Grant Generalship"を使用して陸軍伝統40相当の指揮官を任用。(武士階級の影響力50以上60未満の際に使用し、あらかじめ忠誠度を高めておいたうえで直後に "Demand Milotary Support"を使用することで軍事点150を得るのとセットで使いたい)

f:id:SuzuTamaki:20170424003144j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423134041j:plain

指揮官・小笠原家重(3/2/3/0)を獲得。

 

 

これで準備は整った。いよいよ開戦だ。

 

 

f:id:SuzuTamaki:20170423134739j:plain

緒戦は北京の戦い。

白兵の値では劣るものの、この時代はやはり射撃能力がモノを言うのか。

歩兵の数が相手の1.5倍多かったことも功を奏したのか、他兵種の損害も抑えられた。

快勝。

 

f:id:SuzuTamaki:20170423134903j:plain

半年後の青洲(チンチョウ)の戦い。

こちらは逆に、無駄に騎兵を多く動員し過ぎて、その損害が大きかった。

砲兵の数の差の影響もあるのか? このあたりの兵種バランスなどはそろそろ理解していきたいなぁと思う(なお、地形は農地)。

 

 

 

 

兵力数の差はほぼない状態で戦いを始めたにも関わらず、意外と苦戦。

やはり前回、明がベンガルと戦争中であったことは影響が大きかったようだ。

 

今回あまり資金に余裕がなかったのも災いしているのかもしれない。現金では足りなかったので借金をいくつか重ねて傭兵を雇用。

f:id:SuzuTamaki:20170423141217j:plain

それでも限界が近づいてきたので、前回同様戦勝点49%程度で講和することに。

 

f:id:SuzuTamaki:20170423141301j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423141333j:plain

1592年3月13日。講和。

遼東半島の蓋州(カイチョウ)を日本に割譲。

南河北(South Hebei)の大名(ダーミン)、正定(ヂェンディン)、北河北(North Hebei)の永平(Yongping)を燕に割譲。

山東半島付け根の兗州(イエンショウ)、その東南の海州(Haizhou*1 )を斉に割譲させる講和内容となった。

賠償金はなし。

 

 

f:id:SuzuTamaki:20170424031213j:plain

1624年には3度目の明との大戦にも勝ち、北京など複数の州を割譲させる。

このあと、北京も食べさせた燕を併合完了し、またあらたに晋を属国設立している。

 

 

しかし、こんな、常に49%程度の戦勝点でちまちま戦っていても埒があかない。

もっと圧倒的な勝利を遂げなくては、大国・明を十分に削ることはできない。

f:id:SuzuTamaki:20170424031514j:plain

明がインド最強の勢力であるバフマニー朝と同盟を結んだことも厄介である。

こちらも対抗して、バフマニー朝のライバルであるベンガル国と同盟を結んだものの、心もとない。

 

 

次なる戦争に向けて、帝国日本が取り組むべき課題は「経済問題」である。

明の物量に対応するためには、常備軍の回復など待っていられないため、必然的に大量の傭兵雇用が必要になる。

それに耐えられるだけの資金力が必要だ。

以前のフランスのときのように使いきれないほどの資金を用意することで、大国とも渡り合うことができるだろう。

 

新たな帝国日本の指導者となった、第4代将軍・上杉吉宗は、国家の経済改革に乗り出すことにした。

 

 

 

経済重点政策

と、言うことで、4番目のアイディアとして選んだのは「経済(Economy)」。

f:id:SuzuTamaki:20170424032023j:plain

国家の、主に(貿易ではない)国内経済の伸長を図る際に非常に有用なアイディアである。

 

内容は以下の通り。

 

  • 「官僚制(Bureaucracy)」税収+10%
  • 「組織的建築(Organized Construction)」建築コスト-20%
  • 国立銀行(National Bank)」インフレ率年間減少量+0.1
  • 「債務と債権(Debt and Loans)」年間利子-1
  • 「中央集権化(Centralization)」月毎に自治度-0.05
  • 国家主義的情熱(Nationalistic Enthusiasm)」陸軍維持費-10%
  • 「スミス経済学(Smithian Economic)」生産収入+10%
  • (コンプリート) 開発コスト-20%

 

フランスのときも使ったアイディアだが、ある程度以上の規模の国家になると非常に強い。全体的な収入が大幅に改善されるほか、コンプリートボーナスの開発コスト減少は重要度がかなり高い。

利子の減少も、借金を多用するであろう今後の戦争方針との親和性も高く、即採用である。

ちなみに史実の徳川吉宗も、新田開発の奨励など、「国力を豊かにする方向」での財政再建を試みていた。貿易による財政再建を中心に考えた田沼意次とはまたちょっと違ったアプローチである。

そんな吉宗に相応しいアイディアと言えるだろう。

 

 

f:id:SuzuTamaki:20170424033222j:plain

折よく、本プレイ5番目のIncident「キリスト教の拡大」が発生(1621年)。

「経済」アイディアの早期獲得のために、アイディア獲得コスト減少のボーナスが得られる「選択的統合(Selective Integration)」の状態に移行したい。

よって、Isolationismを「鎖国」の方に傾ける選択肢を選んでいく。

今回は外国からやってきた宣教師の布教活動を徹底的に拒絶。

おかげで幕府の正統性と「真なる信仰への寛容度」が向上した。

 

 

f:id:SuzuTamaki:20170424034133j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170424034142j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170424034152j:plain

その後も様々な形でキリスト教に対しそっけない態度を取り続ける。

その過程で、交易効率+10%、レベル2の軍事顧問を半額で雇用する権利、真なる信仰への寛容度+3などの有用なボーナスを得られた。

基本、「鎖国」方面に進む選択肢の方がメリットは大きいのだろうか?

 

いずれにしても最終的にはキリスト教を禁止に。

そして、Isolationismは狙い通り「選択的統合」に(1631年)。

f:id:SuzuTamaki:20170424034639j:plain

アイディアコスト-10%の恩恵を受けながら次々と経済アイディアを獲得。

(しかも黄金時代はまだ継続しているためその-10%のボーナスもある)

さらに、経済アイディア「組織的建築」とこの「選択的統合」のボーナスを合わせ、実に2割引きで建築物を建てられるようになった。

これは大きい。絹を生産する京都に製造工場を381ドゥカートで建てられてしまうのだ。

 

 

また、日本交易圏(ノード)の上流にあたるメキシコ交易圏を支配すべく、日本領メキシコの拡大と属国のコリーマの拡大を行っている。

f:id:SuzuTamaki:20170424105227j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170424110545j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170424110843j:plain

メキシコ交易圏のシェア率は29%で地域トップ。合計で3.74ドゥカートを下流の日本ノードに移送している。

 

 

現在、保有している商人は5人*2

それぞれカリフォルニア交易圏・メキシコ交易圏・吉林(Girin)交易圏にて移送を、日本交易圏と北京交易圏にて収集を行っている。

 

1641年段階での経済状況は以下の通りである。

f:id:SuzuTamaki:20170424200451j:plain

 

陸軍維持費などを最低にすると、月収入が50ドゥカートほどになる。

これで3000ドゥカートほど集め、いよいよ明に宣戦布告する。

 

 

 

第四次日明戦争(1643年~1647年)

1643年1月23日。明に四度目となる宣戦布告を行う。

f:id:SuzuTamaki:20170424202127j:plain

敵同盟国にはバフマニー朝。

そして、こちらはベンガルと同盟を結んでいるが、借金によって参戦を拒絶。

役に立たない。

 

開戦直後の戦力差。

f:id:SuzuTamaki:20170424202355j:plain

敵同盟国総兵力はバフマニーのそれと合わせ25万5千。

一方のこちらは13万1千。しかも海外におり意味をなさない兵士も含めてであるため、2倍以上の戦力差だ。

 

この状況下においては、とにかく兵と資金の消耗を最小限に抑える必要がある。

f:id:SuzuTamaki:20170424202538j:plain

出来る限り会戦を避ける形で各地の要塞保有プロヴィンスを優先的に落としていく。

また、首都の制圧は戦勝点を大きく稼ぐため優先したい。北京を失った明の現在の首都は鎮江(チェンチアン)。画像右下の辺りに位置しており、そこに集中して兵を投入していく。

 

大国を相手にするときは略奪(Loot)による収益も馬鹿にできない。

f:id:SuzuTamaki:20170424202905j:plain

私掠戦による略奪も含めて、月毎に15ドゥカートも獲得している。

 

また、Mandate of Heavenからの追加要素であるArtillery Barrage(砲兵の集中砲火)は非常に有用。

f:id:SuzuTamaki:20170424203051j:plain

50軍事点を消費することで、敵城壁を破壊した状態にすることができる。

これで包囲にかかる時間を短縮可能だ。

 

将軍・吉宗も大活躍。砲兵の多さが決め手となった。

f:id:SuzuTamaki:20170424203402j:plain

 

 

かなり注意しながら侵略を進めており、資金的な余裕は十分にあるのだが、やはり敵総数があまりにも多く、次から次へと湧いてくる敵兵を相手取ると最終的には苦境に立たされる。

 

とにかく、バフマニー軍を脱落させないことには話にならない。

集中的にバフマニー軍に攻撃を仕掛ける。

 

結果、

 

f:id:SuzuTamaki:20170424203745j:plain

1646年6月28日。

バフマニー朝と講和成立。

白紙和平ではあるが、それで十分。

 

たったそれだけで戦勝点は80%に。

f:id:SuzuTamaki:20170424203827j:plain

 

最後は君主同士の対決でケリをつける。

f:id:SuzuTamaki:20170424203943j:plain

 

 

1647年12月3日。終戦

f:id:SuzuTamaki:20170425011615j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170425011653j:plain

この戦争の結果、いくつかの領土を日本が直接頂き、またいくつかの領土を属国の晋と斉に食べさせる。

さらに、朝鮮国の朝貢国からの解放と、楚(Chu)の独立を要求した。あとついでにバフマニーとの関係断絶も。

 

f:id:SuzuTamaki:20170425012233j:plain

独立させた楚はすぐさま日本の朝貢国に仕立て上げる。

 

 

 

明・バフマニー同盟を倒したことにより、明とのパワーバランスも完全に逆転した。

同時期にオスマン・ロシアといった西の大国も明に食指を伸ばし始めており、かつて隆盛を誇ったこの巨象も、いよいよ斃れるときが来たようである。

 

そろそろ、引導を渡してあげるべきときかもしれない。

 

 

次回、第6回は最終回(予定)。

いざ、天命のときが来たれり。

*1:現在は連雲港と呼ばれている。

*2:初期からいる2名に加え、Institutionの国際貿易によるボーナスで1名、また日本領メキシコと日本領オーストラリアが「領土を10州以上保有する」ボーナスにより2名供給されている。

上杉家で中華皇帝を目指す 第4回「第一次日明戦争」(1563年~1568年)

前回のあらすじ~

3度に渡る戦争を経て、ついに朝鮮の大半を征服した日本帝国。朝鮮国は明の加護を求め、いよいよ日本は、大国・明との対峙を余儀なくされた。

しかし総兵力の差は10万以上の軍隊を動員できる明に対し、日本帝国は最大でも7万。

この兵力差を埋めるべく、上杉幕府2代目将軍・上杉治憲は策を講じることにした。

f:id:SuzuTamaki:20170423014008j:plain

 

 

Isolationism

f:id:SuzuTamaki:20170422224849j:plain

明との戦いの話をする前に、Mandate of Heaven で新しくなった神道のメカニズム、「Isolationism(孤立主義)」について簡単に説明しよう。

画面は3番目の「Incidents(事件)」である「南蛮貿易(Nanban Trade)」の開始を告げる画面である。

 

ヨーロッパ商人の到来

西洋の船が到来すると、ヨーロッパ、そして(西洋の商人が頻繁に訪れる)アジアの様々な地域からの貴重な商品が流入してきました。巨大なその商船はますます我々の海岸沿いで一般的に見られるようになり、彼らを歓迎した大名たちに莫大な富を約束しました。

先日、全州(チョンジュ)に現れた船の船長は、西洋の商品を定期的に売るための近場の港を使う許可を求めました。

 

選択肢は3つ。

  1. 「彼らがそれを恒久的な港にすることを支援しよう」→ 全州は10年間「南蛮の港」となり、交易力+10、商品生産量+0.3のボーナスを得る。この事件の終了後、我々のIsolationismが「開国」の方に傾く。
  2. 「彼らが会う人物や貿易をする相手を厳しくしよう」 → 日本は10年間「南蛮貿易の制限」を行い、国内交易力(Domestic Trade Power)+5%のボーナスを得る。この事件の終了後、Isolationismが「鎖国」の方に傾く。
  3. 「今回は彼らの商品を受け入れるが、今後の保証はしない」 → 即座に320.9ドゥカートを手に入れる。この事件の終了後、Isolationismが「鎖国」の方に傾く。

 

Incidentは全部で8つ*1あり、それぞれ数十年ごとに発生する。1つのIncidentにつきいくつかのイベントが発生する。

f:id:SuzuTamaki:20170423002821j:plain

南蛮貿易イベントの1つ「ヨーロッパ商人同士の対立」。

交易相手や場所を拡大するか限定的なものに留めるかの選択を迫られる。「開国」に傾けたければ拡大を選択せざるをえないが、単純に効果だけ見るとあまりよい選択肢とは言えない。このように、1つのIncidentにつき複数のイベントが関連して発生するため、より戦略的にイベントをこなす必要が出てくる。

 

いずれのイベントも複数の選択肢を持ち、選んだ選択肢によって国家の方針が「開国」に傾くのか「鎖国」に傾くのが決定される(実際に傾くのはそのIncidentが終了した後であり、複数の選択肢の結果を総合的に見て状態が変化するようだ)

 

Isolationismは全部で5つの段階(level)がある。

f:id:SuzuTamaki:20170423010121p:plain

確か初期状態では「開国」だったが、最初の「倭寇」及び2番目に起きた「朱子学」Incidentの際、よくわからずに目先の効果だけを求めて選択肢を選んでいたら「選択的統合(Selective Integration)」になっていた。

日本を含む東アジアのプレイでは、いかに西洋の最先端のInstitutionを受け入れられるかが鍵となるので、できれば「受容的(Adaptive)」の状態でいたかった。

よって、今回の南蛮貿易Incidentでは、目先の効果よりもとにかく「開国」方向へIsolationismを移動させる選択肢を選んでいった。

f:id:SuzuTamaki:20170423010439j:plain

Isolationismの状態は宗教タブで確認ができる。画面は「南蛮貿易」Incidentが現在発生中(Active Incidents)であり、これが「終了」した後に(Past Incidentsに移動した後に)Isolationismのレベルが変化する。Institutionを気にしないのであればこの「選択的統合」もなかなかに有用である。

 

 

この後もどんなイベントが発生するのか未知数ではあるが、日本の経験した「外国との関わり」をドラマティックに追体験できる、なかなかに興味深いシステムである。

 

 

では、話を対明戦争の方へと戻そう。

 

 

 

戦争準備

いよいよ明との対決である。

しかし、冒頭にも書いたように、明と日本とでは総兵力差に3万以上の開きがある。

よって、この差を埋めるべく、様々な策を練っていく必要があった。

 

 

まずは、前回のイベントで広まりつつあった「植民地主義」のInstitutionを完全受容する。

f:id:SuzuTamaki:20170423012417j:plain

まだルネサンスも受容していない中、一足先の受容となった。

 

 

そうして軍事レベルを12に上げる。これで歩兵の新兵種が解禁される。明はまだ軍事レベル11。これはかなり有利になるはずだ。

f:id:SuzuTamaki:20170423012714j:plain

軍事レベル12で解禁される "Banner Infantry"。これって、いわゆる「八旗軍」のことではないのか? 中国ならいざ知らず日本の軍隊でそれを使うのも若干の違和感・・・まあ、朝鮮半島に進出しているし、ありえなくはない、か?

 

 

さらに、これが重要になるが、海軍を増強し、大量のガレー船を建造する

「探検」アイディアをコンプリートしているため、船舶の保有限界だけは明にも負けていない。

明は大型船を27隻保有しているがこちらは1隻も建造しない。どのみち、日本と中国との間の海は内海ばかりである。代わりに40隻のガレー船を準備(明は15隻)。

f:id:SuzuTamaki:20170423014456j:plain

「探検」アイディアをコンプリートすると海軍保有限界を25%増加させてくれるボーナスを得られる。

 

f:id:SuzuTamaki:20170423015222j:plain

日本と中国との海戦であればほぼ間違いなく内海(inland sea)での戦いとなる。よって、ガレー船を大量に建造しよう。ちなみにこのとき、外交技術レベルも11にあげている。そうすることで、この時代最新のガレーである War Galley を解禁できるんのだ。

 

 

制海権を握ることで、明軍の動きを制限することができる。具体的には、海を渡ってこれないことにより、明軍は陸続きで朝鮮半島北方から日本領に侵入せざるをえなくさせる

そのうえで、準備したのが以下の「要塞」である。

f:id:SuzuTamaki:20170423020052j:plain

日本領朝鮮の入り口にあたる原州(ウォンジュ Wonju)。

ここに城塞を建造する。

f:id:SuzuTamaki:20170423020326j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423020447j:plain

ウォンジュは「山岳」地形であり、防御側有利となっている。そこに「河川」もあり、また、半島の真ん中に位置するため、城塞のZOCによって、この「ウォンジュ要塞」を攻略しない限り、敵軍は日本領内に侵入することができない。

 

この、天然の「要塞」によって、たとえ攻め込まれたとしても返り討ちにできる体制を整えられた。

 

そして、折よく明軍はインドのベンガル国と戦争中。

f:id:SuzuTamaki:20170423021226j:plain

 

この機会を逃さず、1563年7月8日。

いざ、宣戦布告!(パパパウアー、ドドン)

f:id:SuzuTamaki:20170423021405j:plain

 

 

 

経過と結末

いざ、始まってみると、やはり兵種の違いは戦力の圧倒的格差となって表れる。

f:id:SuzuTamaki:20170423022207j:plain

このように、指揮官のレベルで圧倒的な差があるにも関わらず、損害が全然違う。

数で負けている場合には、「いかに少ない損害で多くの敵を打ち倒すか」が大事なので、キルレシオの高さは重要なポイントである。

 

それでも、次から次へと湧いて出てくる中国兵。

幸いにも、資金は潤沢だ。「南蛮貿易」イベントの一環で直前に大量の現金を一括で得てもいる。戦闘で削られた兵はすぐさま「連隊の結合(Consolidate Regiments)」を行い兵数上限を確保。

f:id:SuzuTamaki:20170423024103j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423024442j:plain

あとは金に任せてひたすら傭兵を生産。

とにかく、敵の物量に飲み込まれないように、こちらも大胆に資金投下して常に兵数を揃える必要がある。現金がなければ借金だ。傭兵や借金を多用するプレイにとって、「統治」アイディアは非常に有用だ。

 

 

ちなみに、「改革の時代」のAbilitiesの1つに「傭兵の規律+5%」というものがあるので、これも忘れずに取っておく。

f:id:SuzuTamaki:20170423024646j:plain

ちなみに達成している目標は「絹、香辛料、陶磁器のいずれかで "Trade in"ボーナスを得る(交易シェア率20%を超える)」というもの。

Splenderは次の時代に持ち越せないので、どんどん使っていこう。

 

 

さて、戦いの方は激戦に次ぐ激戦を経て・・・

f:id:SuzuTamaki:20170423030630j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423030636j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423030657j:plain

開戦から5年後の5月29日。

明の領土の半分近くを占領した。

 

f:id:SuzuTamaki:20170423030822j:plain

10万を超える兵量を誇っていた明軍も随分と磨り減り、戦勝点も50%近くまで積み上げた。が、さすがにこのあたりで日本も限界である。将軍・治憲は講和の道を探る。

 

f:id:SuzuTamaki:20170423031127j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170423031149j:plain

かくして1568年5月31日。日本と明は「漢城(ハンソン)条約」を結び、以下の取り決めを行った。

 

  1. 明国は日本国に青州(チンチョウ)、河間(ホージャン)、保定(パオティン)、武定(ウーティン)、莱州(ライチョウ)の5州を割譲する。
  2. 明国は琉球王国の独立を認め、琉球朝貢の義務から解放される。
  3. 明国は日本国とその同盟国たちに総額162ドゥカートの賠償金を支払う(うち、日本国は150ドゥカートを獲得する)。
  4. 休戦期間は1579年8月までとする。

 

最後の条項からも分かるように、今回の講和はあくまでも「休戦」である。次なる戦いに向け、まずは橋頭保作りとしての土地割譲を要求した。

また、中華皇帝の「天命(Mandate)」を減らす鍵となるのが、朝貢国(Tributaries)の数である。

1つでも多く、明の「朝貢国」を奪うこと。これが明打倒・中華皇帝簒奪のポイントとなるのだ。

 

実は、中華皇帝に即位するだけならそこまで難しくなさそうである。

が、ただ皇帝になっただけで、十分な数の朝貢国を持たず、逆に明のそれが保持されているようであれば、皇帝になったことが逆にマイナスに働く場合さえある。

よって、まずは複数回、明との戦争を重ねていき、「明の領土を奪うこと」「明の朝貢国を奪うこと」の2点を重点においていくことにする。

 

 

なので、今回も講和のあとにすることが2つある。

 

1つは、明の支配のくびきから抜け出たばかりの琉球王国をただちに日本の朝貢国に仕立てあげること。

早くしないと、すぐまた自ら明の朝貢国になってしまうのだ。史実のように両方の国に従属する、というような器用な真似はできないらしい。

f:id:SuzuTamaki:20170423033311j:plain

皇帝位を巡る争いとは、言い変えれば朝貢国を取り合う争いのようなものである。中華皇帝とはそれそのものの実力ではなく、それを見る周りの視線によって作られるのだ。史実の清が、日清戦争の敗北によって一気に瓦解したように。

 

 

もう1つが、属国「斉」および「燕」の設立である。

f:id:SuzuTamaki:20170423033830j:plain 

f:id:SuzuTamaki:20170423033945j:plain

次の戦争では、この2つの属国が請求権を持つ土地の「再征服(Reconquest)」を行う予定。

また、それぞれの首都に「城塞」を建造し、防備を固める。

いつぞやのバージョンから、属国領内で自由に兵隊を生産し、その建築物も(宗主国が金を払うのであれば)自由に建造することができるようになったのだが、これは非常に便利である。維持費は払う必要ないしね。

 

 

さて、こうして明との対決はひとまず勝利という形で終えることができた。

だがまだまだこの巨象にはわずかな揺るぎしか与えられていない。

さらなる打撃を加えるべく――次の10年で、帝国日本はより自らを強大化させなければならない。

 

 

次回、第5回は2度目の日明戦争。

キーワードは「黄金時代」である。

*1:朱子学南蛮貿易・鉄砲伝来・キリスト教の拡大・将軍の権威拡大・一向一揆倭寇・都市化の8つ。順番も固定ではないようで、今回のプレイでは倭寇朱子学南蛮貿易・鉄砲伝来といった順番で発生した。

上杉家で中華皇帝を目指す 第3回「朝鮮出兵」(1511年~1545年)

f:id:SuzuTamaki:20170417225745j:plain

  

 

前回のあらすじ~

ついに天下統一を果たした、上杉家当主・上杉朝宗。

f:id:SuzuTamaki:20170417230013j:plain

政治体制も将軍制から封建君主制に移行。

政体ランクも帝国に昇格した。(ただし王号は将軍のまま・・・天皇にはならないのか?)

 

国内の敵をすべて妥当した上杉将軍は、次なる敵を海の向こうに定める。

 

 

 

状況の整理

さて、日本に変態したので、ナショナルアイディアを上杉のままにするか日本に変えるのかの選択を迫られた。

f:id:SuzuTamaki:20170417230417j:plain

悩んだ末に・・・ここは日本アイディアに変更することに決める。

上杉のNIも強いが、日本アイディアの不穏度-2や技術コスト削減+Institutionの拡大速度アップなどのボーナスが、今後を見据えて魅力的に感じたのである。

 

 

以下、日本のNIを掲載する。昔のバージョンからは結構変化している模様。

 

  • (初期状態) 安定度回復コスト-10%、規律+5%
  • 「皇帝の下の統一」全プロヴィンスの不穏度-2
  • 太閤検地*1」人的資源+20%
  • 「近代化」技術獲得コスト-5%、Institutionの広がる速度+10%
  • 「海の遺産」船舶の耐久性+10%
  • 「日出る処」年間威信上昇+1
  • 「開拓団」開拓者の増加+20
  • 「列強外交」攻撃的拡大の増加率-15%
  • (全開放) 歩兵戦闘力+15%

 

以前のバージョンの日本NIは足利家とイコールであったが、今回はそれが独立。

よって、「東山文化」や「参勤交代」といった、「幕府」をイメージさせるようなNIは取り払われ、「明治維新以降」をイメージさせるような内容になっている。

これはいい変更だ。

 

 

なお、日本統一の直後、尾張で僭称者の反乱が。

f:id:SuzuTamaki:20170417230504j:plain

上杉憲寛・・・弟か何かかな。

まあ、こういう騒動はあって然るべきだろう日本の歴史的には。

 

 

 

さて、日本の統一も果たされたので、明の冊封体制からの独立する。

f:id:SuzuTamaki:20170417231445j:plain

冊封体制からの独立を選ぶと、明の友好度激減はもちろん、安定度もマイナスする模様。

 

このあとはアイヌを日本の朝貢国にする。

武威を広げ、少しずつ明から朝貢国を奪っていこう。

 

 

 

第一次朝鮮出兵(1513年~1514年)

明に対する攻撃的拡張(Aggressive Expansion)の増加もあり、またマンパワーも少なくなってきていたので、しばらくの間は大人しくしていようと思っていたのだが、

f:id:SuzuTamaki:20170419112631j:plain

台帳(Ledger)を見てみると、朝鮮の兵力が0に。

 

これはチャンス!とばかりに1513年12月24日。朝鮮国に宣戦布告した。

f:id:SuzuTamaki:20170419112811j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170419113133j:plain

1年後に大体制圧を完了し、講和。

Gyeongju(キョンジュ、慶州)、Jinju(チンジュ、晋州)、Sangju(サンジュ、尚州)の3州の割譲及び316ドゥカートの賠償金、そして10年にわたる収入1割の賠償金とHumiliate(恥を与える)を行った。

 

さて、このHumiliateをライバル国に対して行うと、Power Projection(戦力投射)の値を大きく引き上げることができる。

「ライバル国を征服した」のボーナスと合わせ、71ポイントまで上昇したことで、様々な恩恵を受けることができる。

f:id:SuzuTamaki:20170419113557j:plain

とくにPower Projectionが50以上になることで得られる、「各君主点に+1」のボーナスは非常に有用である。

 

 

なお、この朝鮮出兵直後、将軍・朝宗が死去してしまう。

f:id:SuzuTamaki:20170419114120j:plain

後継者の上杉治憲*2はまだ幼く、母である千姫による摂政政治が始まった。

 

なんだろう、朝鮮出兵をすると日本のリーダーが死ぬという呪いでもあるのだろうか。

 

 

さて、朝鮮国との停戦が切れるのは1530年。

それまで、帝国日本は「もう一つの拡張」に力を入れることにする。

 

 

植民活動

すでに1496年の段階で2番目のアイディアとして「探検」アイディアを獲得している*3

f:id:SuzuTamaki:20170418003602j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170418003801j:plain

最初の探検家は長曾我部憲定*4

 

そんな長曾我部くんに行ってもらったのが、千島列島である。

f:id:SuzuTamaki:20170418004441j:plain

間宮林蔵ってレベルじゃねーぞ

こんなところに無理やり入植させられる開拓者たちもたまったものではないだろう。

 

 

とりあえずこのあとベーリング海峡を渡り、北アメリカ大陸を目指す。

のちに2人目の開拓者が出た際には、フィリピン方面にも入植する予定だ。

f:id:SuzuTamaki:20170418004642j:plain

「アメリカ大陸の発見」目標を達成したことでSplenderを800以上蓄積することができた。

よって、abilitiesの1つである「より高度に開発された植民地」を選択する。

これは、新たに植民完了した都市の、税収・生産・人的資源すべての開発度を+1ずつする、というものだ。

どうせすぐ次の「時代」になり、abilitiesが無効になってしまうので、それでも効果が残るものを、と考えてこれを、と考えた。

f:id:SuzuTamaki:20170418010151j:plain

おかげで初期値1/1/1だった千島列島がそれなりの能力に。

 

f:id:SuzuTamaki:20170419114839j:plain

フィリピン島は割に開発度が高いのが素晴らしい。

 

そうこうしているうちに朝鮮国との停戦期間が切れて・・・

 

 

 

第二次朝鮮出兵(1530年~1531年)

こんな感じになりました(終了)。

f:id:SuzuTamaki:20170419114729j:plain

 

 

 

米原住民との戦争

朝鮮国との停戦が切れる1544年までの間に、日本開拓団は北米大陸に次々と植民。

そして、現地の原住民たちと対立し、これを征服することに決めた。

f:id:SuzuTamaki:20170419115304j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170419115555j:plain

反乱が起きても面倒なので領土を奪うことはせず、一旦属国化しよう、と考えて実行したのだが、

f:id:SuzuTamaki:20170419115725j:plain

Scrificed our ruler という謎のペナルティが発生しており、このままでは併合ができない。

このペナルティは一体なんなんだ・・・。

おそらく、この国を元々属国にしていたらTarascanが、中米原住民特有の「君主を生贄にする」コマンドを使用したのだろう。そしてこの国がTarascanに対して持つことになった「俺たちの君主を生贄にしやがって!」ポイントが、属国の付け替えによりなぜか日本国に対して向けられるという状態になってしまったようだ。

いずれにせよ時間経過で減少するため、およそ50年後には問題なく属国化できるようになった。

 

 

なお、このような形で植民活動に精を出していると、本国からこの事業により投資するかどうかを問うイベントが発生。

f:id:SuzuTamaki:20170419120247j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170419120326j:plain

結構な額を投資する必要があるが、これで「植民地主義」のInstitutionが現れるのであればきっと安いもの!

ルネサンスすら広がっていない日本国に、植民地主義のInstitutionがどんどん広がっていく。

 

 

また、同時期に佐渡金山・石見銀山が次々と発見されるニュースが!

f:id:SuzuTamaki:20170419120407j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170419120452j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170419120507j:plain

収益に5ドゥカートがいきなり登場。

なお、インフレに関しては、インフレ率を抑制する統治顧問を雇用しているため無問題。

このイベントは非常に強い。まあ、日本は当時世界で2番目に銀を持っていた国だしね!

参考

銀の世界史 (ちくま新書)

銀の世界史 (ちくま新書)

 

 

 

そんなこんなで国力を高めていると、ついに

f:id:SuzuTamaki:20170419120742j:plain

日本が列強入りを果たす(1541年)

 

ところでここでフランスが1位ってちょっと怖いんですが・・・

フランス、どこまで勢力拡大しているんだ・・・?

 

 

 

第3次朝鮮出兵(1544年~1545年)

f:id:SuzuTamaki:20170419192316j:plain

終了。

 

このあと、弱体化した朝鮮が建州女直(Jianzhou)*5によって北東部の領土を奪われ、離島含め5州にまで縮小させられてしまった。

f:id:SuzuTamaki:20170419192509j:plain

できれば次の戦いで属国化したいところ。

 

 

と思っていたら、さすがの朝鮮国もこの段階で明の朝貢国に。

すでに建州女直も明の朝貢国になっているため、

この段階で、明との直接対決が避けられなくなってしまった。

 

 

いよいよ、やるべき時がきた。

次回は、明との開戦である。

 

第4回に続く。

*1:原文はReformed Land Holding 直訳すると「土地所有制度の改革」である。

*2:史実の上杉治憲はすなわち上杉鷹山のことであり、上杉のNIにもなっている「伝国の辞」などを残す名君中の名君である。しかし今回の彼は2/2/3と平凡な能力値であった。

*3:なお、最初のアイディアは「統治」を獲得している。今回は外交併合よりも直接併合を多用する予定なので、早い段階でコア化コスト削減を取っておきたかった。

*4:四国制圧の際に長曾我部家を支配下に置いたのかな?それとも養子に出したのかな? 憲の字は偏諱をもらったのだろうか。いろいろ想像できる。

*5:のちに清を作ることになる満州の一部族。

上杉家で中華皇帝を目指す 第2回「日ノ本の統一」(1468年~1511年)

前回のあらすじ~

関東管領・上杉家当主の上杉憲忠は、東海の雄・今川家と手を結び、東日本における勢力拡大を図った。

しかし、あまりに強大化し過ぎた両国はやがてその関係を悪化させ、1463年の憲忠の死、および1468年の今川家当主・範忠の死をきっかけにその破局は決定的なものとなった。

 

全国統一を目指す上杉家にとって、かつての盟友・今川は倒さなければならない相手となったのだ。

 

 

 

 

今川家滅亡(1468年~1473年)

f:id:SuzuTamaki:20170415214858j:plain

ついに今川家が同盟破棄を申し出てきた。

いよいよ戦争か、と上杉家内が緊張を高めた、その次の瞬間。

 

f:id:SuzuTamaki:20170415215024j:plain

筒井・細川に宣戦布告され、ぼこぼこにされ始める今川。

 

そりゃ、あれだけアグレッシブに動いたらそうなるよな・・・

 

 

f:id:SuzuTamaki:20170415215604j:plain

結果、紀伊は筒井に獲られ、尾張は斯波氏が復活し、今川は摂津と駿河の2か国のみとなってしまった。

 

 

こうなってしまった今川をどうするか?

もちろん、やることは1つしかない。

f:id:SuzuTamaki:20170415215758j:plain

1471年12月。上杉家はかつての盟友・今川に向け宣戦を布告する。

敵同盟国として陸奥・渡島を支配する安藤家が出張ってくるようだが、敵ではない。

こちらは同盟国の山名の助力を断り、単独で戦うことにする。

 

 

そして2年後の1473年6月。

安藤家を滅ぼし、今川の居城・駿河も制圧。

今川は降伏せざるをえなかった。

f:id:SuzuTamaki:20170415220245j:plain

駿河を割譲させ、賠償金89ドゥカートと、10年間にわたり月毎収入の1割を献上させる約定を定めた。

 

滅ぼしはしなかった今川家だが、こののち数年後、その所領摂津は足利家によって召し上げられ、お家取り潰しとなった。

 

 

 

将軍追放(1486年~1487年)

もはや東国に敵なしとなった上杉家。

この後、復活したばかりの斯波氏を攻め、尾張を接収。

さらには同盟国だった美濃の土岐氏に対しても外交的な陰謀を巡らせ、敵方から同盟を破棄させることに成功。

これを攻め、美濃の領土も手に入れた。

その間に上杉家当主・憲房が36歳の若さで死去。

f:id:SuzuTamaki:20170415221816j:plain

新たな当主として19歳の息子・朝宗が即位することに。

これが1482年のことである。

 

 

そして、1486年。拡大を続けた上杉家は、紀伊半島および四国も領有し、山陽地方は同盟国の山名・細川氏が、九州地方は同じく同盟国の菊池氏が支配することに。

f:id:SuzuTamaki:20170415222012j:plain

一方の足利将軍家も、近畿を中心に各地を支配。

無数の大名家によって統治されていた日ノ本が、今ではこの4家のみで統治されているという状態になった。

 

いよいよ、天下分け目の大決戦である。

1486年3月30日。

上杉家当主・朝宗は、ついに将軍に牙を剥くことを決めた。

f:id:SuzuTamaki:20170415222115j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170415222552j:plain

しかしまあ、戦力差は歴然であった。

何しろ、足利家の軍事技術レベルはまだ6なのに対し、こちらは8なのである。

さらにこちらは大砲も配備しており、将軍も射撃3の勇将を用意している。

 

 

結局、足利家は1年ももたなかった。

1487年2月15日。諸大名は足利将軍との和睦の中で、その独立を保証され、上杉家は新たな将軍として日ノ本を治めることとなった。

f:id:SuzuTamaki:20170415223006j:plain

このとき、上杉に協力し、各地の足利領を攻撃していた諸大名たちは、自分たちの取り分がないことに対して強い不満をもっていた。

 

だが、上杉朝宗はこれを無視。

いずれ、彼らは敵対し、その領土を奪う必要がある。

ここで彼らに力を与えるような真似を、朝宗はするつもりなどなかった。

 

f:id:SuzuTamaki:20170415223631j:plain

将軍追放! 上杉将軍の下、新たな幕府が立ち上がる!

 

 

 

日本統一へ(~1511年)

さて、改めて将軍として日本の統一を考える。

今回の独立戦争の結果、細川や山名といった大名たちもすべて「独立大名(Independent Daimyo)」となっているため、いくら上杉が将軍でも彼らに対して併合を含めた様々な命令をすることができない。

f:id:SuzuTamaki:20170416194405j:plain

よって、これらを併合するためには、武力で制圧するほかないのである。

 

 

だが、この独立大名たち、こちらが食指を伸ばしていることに気付いたからか、早速、明の朝貢国になってしまった。

f:id:SuzuTamaki:20170416194504j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170416195706j:plain

この状態から戦争を仕掛けるためには、こちらも明の朝貢国になる必要がある(神聖ローマ帝国と同じシステムやね)。

 

 

よって、悔しくはあるが、明の冊封下に入ることを選択。

f:id:SuzuTamaki:20170416195926j:plain

定期的に金や君主点をカツアゲされてしまう。

 

 

無事、明の朝貢国になったことで、早速、宣戦布告。

 

 

1502年8月、足利滅亡。

f:id:SuzuTamaki:20170417221832j:plain

 

1504年12月、山名滅亡。

f:id:SuzuTamaki:20170417221859j:plain

 

 

そして1511年6月、九州を支配していた菊池家も滅ぼし・・・

f:id:SuzuTamaki:20170417221924j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170417224024j:plain

 

        ↓

 

f:id:SuzuTamaki:20170417222030j:plain

 

        ↓

 

f:id:SuzuTamaki:20170417224208j:plain

天下一統完了!!

 

 

 第3回へ続く。

上杉家で中華皇帝を目指す 第1回「上杉、日ノ本に立つ」(1444年~1463年)

ついにリリースされた「Mandate of Heaven」。

中華皇帝、朝貢システム、そして日本マップの大規模な変更と大名・神道システムの進化など、東アジアに焦点が当てられたDLCである。

 

となれば、やはり日本の大名でプレイしたいところ。 

f:id:SuzuTamaki:20170407233230j:plain

よって、選ぶのは上杉家

島津家なんかが強くて人気のようだが、上杉も十分に強い。

何しろ初期から3州を領有しており、そのうちの武蔵は日本プロヴィンスの中でも最高レベルの土地である。初期兵力の多さも魅力だ。

 

 

そして目指すは、新たな要素として加えられた「中華皇帝」。

DLCによって、神聖ローマ皇帝のように、外部の勢力でも皇帝に即位して周辺国家を朝貢国に仕立て上げることができるらしい。

 

よって、以下の方針で進めることにする。

 

  1. 上杉家で全国統一
  2. 大陸進出し、明を打倒
  3. 中華皇帝に即位

 

もちろん計画は計画に過ぎないのでどうなるかはわからない。

そもそも中華皇帝の仕組みもよくわかっていないので、手探りでプレイしていきたいと思う。

そして新システムをちょくちょく紹介していければとも思う。

 

 

 

初期状態確認

上杉家のスタート時点での主君は上杉憲忠(26歳)。

史実とは少し年齢が異なるようだが、史実におけるこの時期の上杉家は、鎌倉公方を一時的に滅ぼして名実共に関東の支配者になるなど全盛期を迎えている。

そのことを反映してか、憲忠の能力値も4/4/4となかなかに有能。特性は「話し上手(Silver tongue)」。関係改善効率を20%上昇させるというものだ。

f:id:SuzuTamaki:20170413200812j:plain

 

 

さて、新DLCは様々な点で日本が強化されている。

その目玉の1つが、「各大名固有のNI」である。

 

上杉家の場合は以下の通りである。

 

(初期状態)生産効率+10%、年間陸軍威信減少-1

1:「関東管領*1」外交評判+1

2:「山内家と扇谷家*2」年間陸軍威信上昇+0.5

3:「鎌倉公方*3」陸軍回復コスト-25%
4:「越後の龍*4」陸軍士気+10%
5:「軒猿*5」スパイ網の構築効率+20%
6:「阿賀北衆*6」規律+5%

7:「伝国の辞*7」アイディア取得コスト-10%
(コンプリート)歩兵戦闘力+10%

 

全体的に陸軍が強いナショナルアイディアであり、それでいて外交評判・スパイ網構築・アイディアコスト削減といった内政面も充実している、強力なナショナルアイディアたちだ。

日本成立時には日本のナショナルアイディアと交換することもできるが、日本のそれの内容次第では上杉のまま続けてもいいかもしれない。

 

 

 

さて、上杉家の初期領土は以下の通りである。

f:id:SuzuTamaki:20170408004014j:plain

領有している領土は以下の3つ。

 

  • 越後(開発度4/4/3、交易力3.1、資源:穀物) ★首都
  • 上野(開発度2/3/2、交易力1.6、資源:穀物)
  • 武蔵(開発度6/6/3、交易力18.8、資源:魚)

 

旧バージョンでは武蔵は領有しておらず、代わりに常陸(現バージョンの常陸・下総を合わせた領土に相当する)を領有していた。

ここを1444年当時の実際(関東管領領)に即して修正を入れたようだが、さすが現代の首都・武蔵。圧倒的な性能を誇っている。

 

 

しかし問題点もあって、こちらも旧バージョンからの大きな変更として、武田家の領有する甲斐から金山が消滅しているという点である。

これによって、序盤で、借金をしてでも兵をかき集め、武田を攻め滅ぼす、という戦略が取れなくなってしまった。

 

そこで、今回のプレイの序盤はまず、同盟を組み立てつつ、隣国の弱い(=同盟を結んでいない)大名を攻め滅ぼすという手段を取ることにする。

 

 

 

初期拡張(1444年~1446年)

さて、ゲーム開始から1ヶ月後の1444年12月11日。

早速、初期の同盟関係が構築されたので、確認する。

 

斯波=安藤=宇都宮=千葉=武田同盟、および伊達=安藤=千葉同盟をそれぞれ仮想敵とし、安藤家への牽制として南部家を、斯波・武田家への牽制として土岐家と今川家を同盟に引きずり込む。また、西国の雄として山名家とも同盟を結んでおく。

こうして、上杉=土岐=今川=南部=山名同盟が完成した。

 

 

多数の同盟を結んでいる大名に単独で攻撃を仕掛けても返り討ちにされる。

よって、こちらの同盟国を参戦させる必要があるのだが、Favorの蓄積が必要となるため、最初の10年間は無条件での参戦をしてくれない。

よって、最初の攻撃目標は、隣接する「同盟のいない」大名たち

 

今回この条件に合うのは小笠原家(信濃)と佐竹家(常陸)の2家であった。

  

1444年12月11日。

ゲーム開始から1ヶ月が経過し、宣戦布告が解禁された同時に侵略を始める。

まずは小笠原家だ。

f:id:SuzuTamaki:20170413220813j:plain

戦国大名は固有CB*8として「戦国」を持っており、これにより、他の戦国大名に対して自由に宣戦布告が可能となっている。

 

よって、約1年後の11月4日に信濃を制圧し、その領土と賠償金54ドゥカート*9を奪い取ると、その5日後にはすぐさま佐竹家に宣戦布告を行う。

他の大名と同盟を結ばれる前に。

スピードが全てである。

 

 

そして1年後の1446年12月30日。常陸を制圧し、佐竹家に降伏を迫った。

f:id:SuzuTamaki:20170415200328j:plain

佐竹家当主・佐竹義人は憲忠の伯父にあたる人物であったが、容赦なく処断。

佐竹家は滅亡し、常陸国関東管領・上杉家の支配下に下る。

 

 

さて、こうしてゲーム開始から2年後に、上杉家は関東5か国を領有する大名へと成長。

この後は10年経過するのをひたすら待つことになる。

f:id:SuzuTamaki:20170413235158j:plain

なお、新しく手に入れた領地はコア化ののち、すかさず寺社勢力(Clergy)や武士勢力に寄進しよう。

彼らの忠誠度と影響力を高めたうえで、Estateコマンドから各種君主点を獲得したり強力な指揮官を手に入れるのだ。

f:id:SuzuTamaki:20170415201521j:plain

Estateコマンドの1つ、「将軍への任官(Grant Generalship)」は、武士勢力の影響力を高めつつ強力な指揮官を手に入れられるという便利なコマンド。上記はそれによって手に入れた猛将・千葉憲国である。

 

 

また、戦争中に今川家息女の珠姫と婚姻を結び、後継者・憲房を生む。

憲房の能力値も4/3/3と、決して悪くない。

f:id:SuzuTamaki:20170415202649j:plain

 

この婚姻をきっかけに、上杉家は今川家との結束を固めていく・・・。

 

 

 

今川との同盟戦争(1454年~1463年)

いよいよ機は熟した。

Favorが十分に蓄積されたことで、同盟を多く結ぶ大名にも攻撃を仕掛けることができるようになった。

 

まず標的に定めたのは陸前を支配する伊達家。

1454年10月24日に宣戦布告を行う。

f:id:SuzuTamaki:20170414014133j:plain

敵同盟国には下総を支配する千葉家と、大和守護の筒井家。

一方こちらの同盟国では、南部家と今川家のみしかついてきてくれないが、十分だろう。

総兵力は上杉方1万2千。対する伊達方は9千。 

 

  • 1456年5月4日、千葉氏滅亡。下総併合。59ドゥカートの賠償金獲得。
  • 同9月30日、筒井氏降伏。75ドゥカートの賠償金獲得。
  • 同10月4日、伊達氏滅亡。陸前併合。48ドゥカートの賠償金獲得。

 

新たな領土を加え、上杉家は7国を支配することに。

f:id:SuzuTamaki:20170414015210j:plain

  

 

次なる戦争に向け、さらなる10年の待機期間を設けよう、と思っていたところ・・・

f:id:SuzuTamaki:20170414090216j:plain

1457年4月11日、今川氏が斯波氏に宣戦布告。

こちらにも援軍を求めてきた。

養父の命に背くわけにもいかず、先の戦争での助力に応える必要もある。

ここは2つ返事で了承することに。 

f:id:SuzuTamaki:20170414090352j:plain

総兵力はほぼ互角。

ただし菊池氏は肥後国主であり、遠方のためすぐにはやってこない。

結果、何の問題もなく今川・上杉同盟の圧勝となった。

 

 

さて、2年後の1459年3月2日。

今川家はまだ戦い続けるつもりだったようだが、上杉はここで斯波氏と勝手に分離和平を行うことにする。

このまま今川の都合で戦争を終わらせられては、こちらも貰えるものが貰えない危険性があるのだ。

f:id:SuzuTamaki:20170414090944j:plain

いただくのは斯波領羽前と、安藤領羽後。

さすがに賠償金は12ドゥカートしか貰えなかった。

今川は直後に終戦。元斯波領の尾張を獲得したようである。

 

 

さらに2年後の1461年12月14日。

今川家が今度は畠山家に宣戦布告した。

 

今度も参戦要求に応える。こちらとしても、Favorが蓄積するのを待つ必要がなく好都合ではあるが・・・。

 

 

1463年10月には畠山家の越中を制圧。このタイミングで再び分離和平を行う。

f:id:SuzuTamaki:20170415210326j:plain

 

今川も紀伊・摂津を手に入れ4州に。

f:id:SuzuTamaki:20170415211045j:plain

足利将軍家も、甲斐を併合するなど着実に勢力を伸ばしている・・・

 

 

上杉10か国、今川4か国。

互いに力をつけつつある2大国は、次第にその関係を悪化させていく。

 

そして決定的な出来事が起きてしまう。

f:id:SuzuTamaki:20170415213314j:plain

上杉家当主・上杉憲忠の死去(享年45歳)。

そして、息子の憲房(17歳)が新たな当主として即位した。

 

 

さらに4年後の1468年9月には、憲房にとって母方の祖父にあたる今川家当主・範忠が亡くなった(享年60歳)。

f:id:SuzuTamaki:20170415213725j:plain

これにより縁戚関係が遠くなり、新たな婚約も結ばれることのなかった両家の関係は、着実に破局を迎えようとしていた・・・。

 

 

第2回へ続く。

*1:室町幕府によって作られた、関東地方を統括する役職。最初は鎌倉公方の執事役として作られ、足利一門の斯波氏や畠山氏が就いていたが、やがて初代鎌倉公方足利基氏が幼い頃の執事であった上杉憲顕を関東執事として呼び戻し、以後上杉家(山内上杉家)による世襲が始まった。

*2:山内家は長く上杉家の宗家となった家であり、関東管領の職を独占し続けた。のちに勢力を拡大した扇谷家と対立し、やがて関東で勢力を拡大した後北条氏に終われ、家督を長尾家の長尾景虎に譲った。これがのちの上杉謙信である。

*3:室町幕府の初代将軍・足利尊氏が、弟の直義との間で争った観応の擾乱の後、鎌倉の統治役として次男の基氏を派遣して就けた役職。この鎌倉公方が政務する事務所を鎌倉府と呼んだ。

*4:上杉謙信の渾名。越後の虎と呼ばれることも。

*5:上杉家が使用していたという忍者。他家の忍者を殺すのが得意、ということなので、どちらかというとスパイ防衛力の向上の方が向いている?

*6:揚北衆とも。阿賀北とは阿賀野川北岸の地域を指し、現在の新発田市北蒲原郡の辺りに相当するらしい。この地域は古くからこの地を治めてきた国人衆による独自性が強く、上杉家ともよく対立していたらしい。

*7:江戸時代の上杉家当主・上杉鷹山が、息子に家督を譲る際に言い渡した3つの心得。「藩(国)も領民も藩主の私物ではなく、藩主は藩・領民のために行動するべきである」というような内容。

*8:Casus Belli。ラテン語で「開戦の理由」の意味。日本語では「開戦事由」などと訳されている場合も。本ゲームは戦争を始める際に、原則としてこの開戦事由を必要とする。

*9:中世後期から20世紀の後半頃までヨーロッパで使用された硬貨。とくにヴェネツィアのそれは15世紀以降(すなわちEU4の舞台となる時期において)国際通貨として流通した。もちろんこの極東の日本で同じように使われたわけではないが、ゲーム上の都合で共通通貨として用いる。

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:デンマーク 第4回「クリスチャン1世とクリスチャン2世の治世」(1532年~1573年)

~前回のあらすじ~

偉大なる王カール1世の後を継いだのはその孫、フレゼリク1世。

その治世は28年と先代に比べると短かったものの、モスクワ・オスマン同盟に対する勝利や、ハンザ同盟に対する勝利など、今後に繋がる大きな成果を出すことにも成功した。

そして彼は34歳という若さで崩御

後を継いだのは、16歳という若さの少年王クリスチャン1世であった。

 

 

1.クリスチャン1世の治世(1532年~1546年)

1532年8月7日。

フレゼリク1世は34歳の若さでこの世を去った。

後を継いだのはその嫡男クリスチャン1世。

即位当時は16歳であった。

f:id:SuzuTamaki:20161218024803j:plain

 

摂政を置くほどではないにせよ、若い年齢による即位という点で、名君カールの再来か、と人々は彼の即位を喜んだ。

何しろ先の王フレゼリク1世は、カールと比べるとひどく凡庸で、愚鈍でさえあった。

それと比べこのクリスチャンは、外交値5ポイントと、今デンマークにとって最も必要な能力に優れた君主であった。

一刻も早く外交レベルやアイディアを獲得し、北米植民地を拡大しなくてはならない。

そんなデンマークにとっては、待望の存在であったといえるだろう。

 

問題があるとすれば、先代に引き続き継承権が脆弱であったため、即位直後の正統性が非常に低い、ということだろう。

f:id:SuzuTamaki:20161218025156j:plain

教皇への影響力を消費して年間獲得正統性を向上させ、なんとか回復に努める。

 

 

そしてクリスチャンの即位直後の9月1日。

ついにスウェーデンの併合が完了した。

f:id:SuzuTamaki:20161218025326j:plain

 

 

これにてデンマークは、バルト海沿岸を完全支配する、巨大な帝国へと成長したのである。

f:id:SuzuTamaki:20161218025249j:plain

 

 

そんな誉れ高きタイミングで君主となったクリスチャンがまず手掛けたのは、待ち望まれていた、新大陸植民である。

1535年5月11日に、「探検」アイディアの3番目にあたる「海外探検(Overseas Exploration)」を獲得。

f:id:SuzuTamaki:20161218031022j:plain

植民距離が一気に増え、ついに新大陸植民が可能となった。

 

 

その第一歩として、まずはニューファンドランド島のプラセンシアに入植。

f:id:SuzuTamaki:20161218031109j:plain

ここを踏み台として、北米大陸の奥地へと向かっていくことにする。

 

 

 

 

2.北米植民と侵攻

と思っていると、1546年4月6日。

いきなりクリスチャン1世が崩御。まだ30歳だったのに。

新たに即位したのは5歳年下の・・・同名のクリスチャン2世。

f:id:SuzuTamaki:20161219013335j:plain

普通、5歳年下であれば弟、などを考えるところだが同じ名前というのは謎。

継承権は十分に強かったため、正統性は問題なし。

 

 

ほぼ同時期にマンハッタンの植民作業をスタートしている。

f:id:SuzuTamaki:20161219023814j:plain

 

 

さらに1551年5月1日。

マンハッタンの隣に居住していたモヒカン族に宣戦布告。

f:id:SuzuTamaki:20161219024135j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161219024326j:plain

「文明の味を思い知らせてやる!」

とばかりに弱い者いじめ。

 

彼らの領土を奪うのはもちろん、原住民部族を叩くと結構な額の賠償金を手に入れられるため、ここ最近金欠気味だったデンマーク財政の改善に一役買ってもらった。

 

 

 

3.第2次ハンザ戦争(1554年~1560年)

1554年11月6日。ハンブルクに宣戦布告。

f:id:SuzuTamaki:20161220020241j:plain

どうしたって皇帝がついてくるのだが、すでに皇帝はフランスやハンガリーと戦争中であり、その隙を狙うことにした。

リューベック征服も狙っており、その同盟国は限られているため、彼の国も主要攻撃相手に指定する。

 

戦力差は十分。20連隊くらい北米大陸にいるが問題ないだろう。

f:id:SuzuTamaki:20161220020408j:plain

 

 

 

f:id:SuzuTamaki:20161220020521j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161220020525j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161220020528j:plain

開戦と同時にハンブルクリューベックを一気に包囲。

 

 

楽勝楽勝・・・と思っていると、

 

 

 

f:id:SuzuTamaki:20161220020638j:plain

皇帝の仕様を忘れていた。(前回のフランスAARに続き2度目)

 

皇帝の同盟国であるイングランドポーランドリトアニア連合王国、そしてプファルツ選帝侯などが加わり、絶望的な戦力差となってしまった。

 

 

これは終わったか?

 

 

しかし、なかなか攻めてこない敵連合軍。

 

どこから、ハンガリー軍によってオーストリアがどんどん占領されたり、

f:id:SuzuTamaki:20161220020822j:plain

フランス軍が超がんばったりしてくれているお陰で、分は悪くないどころか優勢に進められている。

さすがフランス。素晴らしい。

 

 

とりあえずユトランド半島やスカンディナヴィア半島にもイングランド軍が中途半端に上陸してくるので片っ端から引きつぶす。

f:id:SuzuTamaki:20161220020917j:plain

 

 

そうこうしているうちに開戦から半年。

まずはリューベックと和平する。

f:id:SuzuTamaki:20161220021009j:plain

1729デュカートという莫大な賠償金を獲得。

 

 

さらに朗報。

1555年11月9日にオスマン帝国がこちら側に立って参戦してきた。

f:id:SuzuTamaki:20161220021135j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161220021225j:plain

これはもう勝ったも同然じゃないだろうか。

 

 

しかし、かつての大東方戦争では敵側に二度も参戦してきたオスマン帝国が、ここでは心強い味方となってくれる。

そのときこちら側に味方をしてくれていたオーストリアが今は敵なのだ。

まことに、ヨーロッパの同盟・戦争関係は複雑怪奇である。

 

 

デンマーク主力軍3万は、各個撃破されぬよう、同盟軍のブランデンブルク3万の兵につねに付き従う形で動かしていく。

f:id:SuzuTamaki:20161220021350j:plain

相変わらずフランス軍は心強い限りである。

 

 

1557年1月25日にボヘミアと白紙和平。

f:id:SuzuTamaki:20161220030002j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161220030038j:plain

これで兵力差において形勢逆転が果たされる。

 

4月にはプファルツ選帝侯も降伏する。

f:id:SuzuTamaki:20161220030110j:plain

 

 

f:id:SuzuTamaki:20161220030152j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161220030156j:plain

フランス海軍がイングランドを海上封鎖し、オスマン陸軍がポーランド・モスクワ連合軍を撃破する。

 

各地で同盟国が連戦連勝を重ね、着実に勝利に近づいていく。

f:id:SuzuTamaki:20161220030314j:plain

 

 

1559年7月5日にポーランドリトアニアと和平条約を結ぶ。

f:id:SuzuTamaki:20161220030357j:plain

賠償金と共に、オーストリアとの関係断絶を強制する。

 

そして1560年2月14日にオーストリアとも和平。

f:id:SuzuTamaki:20161220030453j:plain

 

 

そしてついに1560年5月5日。

ハンブルクとの講和条約を結んだ。

f:id:SuzuTamaki:20161220030527j:plain

 

 

これにて、6年にも及んだ第2次バルト戦争が終結した。

f:id:SuzuTamaki:20161220030614j:plain

戦果としてはリューベックハンブルクの獲得。

そして莫大な賠償金を獲得できたことである。

 

 

 

4.内政状況確認(1562年)

戦争中の1559年に、デンマーク領北米植民地、通称「ニューデンマーク」が誕生する。

f:id:SuzuTamaki:20161221123639j:plain

 

合わせてここで、現状の経済状況を確認する。

 

まずは収支状況。

f:id:SuzuTamaki:20161221130351j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161221130422j:plain

税収入20デュカートの内訳は、首都のあるシェラン島から1.72。

開発の結果、税収開発度は13に達している。

2番目がシェラン島の隣にあるフュン島。ここも税収開発度を10にまで上げているほか、聖職者に下賜しているため税収が高い。

そして3番目に元ドイツ騎士団領ダンツィヒ。ここも税収開発度10および聖職者支配の土地である。また、プロイセン文化も既に受容している。

 

生産収入内訳は以下の通り。

f:id:SuzuTamaki:20161221130911j:plain

「ダーラの森(Dalaskogen)」?

と思ったが、調べてみると、世界遺産ファールンの大銅山地域」の中心地となっている「ストラ銅山(Stora Kopparberget)」が存在するとのことである。

f:id:SuzuTamaki:20161221132143j:plain

銅の交易価値も4.5と高く、意外な高生産地域となっていた。

まったく気づいていなかったのでTerritoryのままだったため、試しにState化してみると3.52という阿呆みたいな生産収入と化した。

この後、「武器工場」も建造し、さらに開発なども進めていく予定である。

 

なお、かつてルンド(Lund)にあった「スコーネ市場」はすでに消滅しており、生産品も魚に変わってしまったことで、生産収入は大きく没落してしまった。

 

続いて交易状況を見てみる。

f:id:SuzuTamaki:20161221133447j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161221133624j:plain

バルト海交易圏はほぼ掌握しており、基本的には北米が流し込んだ富を北海から移送させてリューベック交易圏で回収する、という交易図を作ることを意図していく。

 

そのためには北海交易圏のシェア率とリューベック交易圏でのシェア率が重要なのだが・・・まだまだイマイチである。

一応今のところ、70隻近い小型船を北海交易圏に派遣しており、商人にも任務に就かせている。(この後、いろいろ試してみたところ、小型船はリューベック交易圏に派遣した方が遥かに効率がいいことがわかったためそちらに移動させている。6デュカート近く変わった)

ブランデンブルクリューベック交易圏に商人を派遣してシェア率を高めていたため、こちらも対抗してバルト海交易圏から商人を呼び戻し、リューベックに派遣。

一時は2デュカートも収入が増えたが、またしばらくしたら17デュカートに戻った。

交易における覇権争いはまだまだ続きそうだ。

f:id:SuzuTamaki:20161221134116j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161221134120j:plain

北海交易圏では交易額の移送合戦でイングランドと競り合っている。

スコットランドの地域吸い上げ額が3番手に来ている。

 

 

f:id:SuzuTamaki:20161221134611j:plain

北米交易圏の要である「セント・ローレンス湾交易圏」。

現状では流出交易額の半分をフランスのボルドー交易圏に持っていかれている。

商人が増えたら早速派遣し、北海交易圏に流し込んでいく。

もちろん、上流のチェサビーク湾交易圏の強化も進めていく。

 

 

以後の征服戦争の戦略としては、まずはバルト海交易圏の上流であるモスクワ地域の交易中心地を狙っていく。

具体的にはネヴァとノヴゴロドを狙っていきたい。

しかしモスクワにはオスマンイングランドという同盟国が控えているため、簡単には手出しできない。

こちらにはフランスとブランデンブルクがいるとはいえ・・・とりあえずポーランドと再び同盟を組みなおして、チャンスを窺うことにする。

 

また、近い将来、ハンザ同盟の残党であるブレーメンと、エムス河口を保有するブルンズウィクを征服し、リューベック交易圏の更なる拡大を目指す。

そして、北海交易圏の拡大を目指すとなると、イングランドとも戦っていきたいところだが、請求権の捏造などが不可能なため、どうしたものか、といったところである。

そして植民においてはカナダへの拡大を目指し、セント・ローレンス湾交易圏を豊かにしていこう。

 

 

5.皇帝即位

1567年8月22日。

なにげなく帝国ウィンドウを開いてみると・・・ 

f:id:SuzuTamaki:20161221204008j:plain

なんと、選帝侯たちがデンマーク王の皇帝即位を支持し始めているではないか!

 

 

ただちに、フランスを支持する選帝侯たちとの関係改善にとりかかる。

 

結果、

f:id:SuzuTamaki:20161221204116j:plain

こうなって、

 

 

1572年11月9日。

皇帝クリスチャンが生まれた!

f:id:SuzuTamaki:20161221204133j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161221204205j:plain

皇帝であることのメリットは、帝国諸侯への攻撃に対し、皇帝が出張ってこなくなる、ということである。

 

 

これで、ハンザ同盟の残党であるブレーメンやブルンズウィクに攻撃することができる・・・と思って準備を進めていたら、

 

 

 

 

f:id:SuzuTamaki:20161221204304j:plain

1473年5月14日。

クリスチャン2世崩御

 

そして、皇帝の座は再びオーストリアの手に。

 

 

 

正直、万全を期するという名の臆病すぎる慎重さがなければ、さっさと開戦することができていた。

 

こうなりうることはわかっていたのに・・・あまりにも後悔が強すぎる結果となってしまった。

 

しかし次の皇帝になることも十分可能なようだ。

このことを教訓として、次こそは皇帝として、リューベック交易圏の完全支配を目指していきたい。

 

第5回に続く。

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:デンマーク 第3回「フレゼリク1世の治世」(1504年~1532年)

前回のあらすじ~

ドイツ騎士団に続き、リヴォニア帯剣騎士団を属国化し、さらにはノヴゴロドにも侵攻していくデンマーク王カール1世。

ノルウェーの併合も開始し、すべて順調のように思えた。

そんな中、同盟国ポーランドが大オルド-モスクワ大公国の同盟に宣戦布告。

それだけならまだしも、そこに加えてオスマン帝国が参戦してきたため、デンマーク-ポーランド-リトアニア同盟は危機に陥る。

4年間に及ぶ抵抗の末、デンマークは戦争から離脱を決意。

そして、ノルウェーに続き2大騎士団領の併合も開始する。

 

 

1.摂政時代(1504年~1513年)

デンマーク王領域の拡大を実現した偉大なる王カール1世は、1504年に崩御する。58歳での死であった。

彼は晩年に最愛の息子クリスチャンを失っており、デンマーク王位はクリスチャンの遺児であるフレゼリクに継承された。

しかし当時フレゼリクはまだ6歳と幼く、カールの妃であったカタジーナ(Katarzyna)が摂政となって政治の実権を握った。

f:id:SuzuTamaki:20161217041158j:plain

 

 

カタジーナがまず取り掛かったのはフランスとの同盟構築であった。

f:id:SuzuTamaki:20161217041247j:plain

というのも、同君連合下にあるスウェーデンイングランドに独立保証されており、いつ反旗を翻してもおかしくない状況であった。

そのとき、イングランドの宿敵であるフランスと手を結んでおくことは、十分な抑止力になり得ると、カタジーナは考えたのである。

 

また、当時のフランスはすでにイベリア半島にも勢力を伸ばしており、西ヨーロッパ最強の国家であることは間違いなかった。

この後、デンマークプロテスタントに染まり、オーストリア皇帝と対立していくことを考えると、その片腕としてのフランスの存在は大きな価値を持つことは間違いなかった。

 

f:id:SuzuTamaki:20161217042041j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161217042051j:plain

1506年11月1日。リヴォニア騎士団領を併合。

また、1510年7月12日にはドイツ騎士団領も併合。

 

 

属国がなくなったことと、デンマークの国力が強大化されたことによって、ようやくスウェーデンの併合を開始することができるようになった。

f:id:SuzuTamaki:20161217042232j:plain

 

カタジーナはスウェーデン王国デンマーク王国への併合開始を宣言する。

バルト海帝国は一つに纏まらなくてはならない――120年前にマルグレーテが実現したカルマル同盟結成以来の悲願が、ついに果たされようとしていた。

 

 

 

2.親政前半期・内乱時代(1513年~1522年)

1513年3月1日。

フレゼリク1世が成年に達し、いよいよ親政が開始された。

f:id:SuzuTamaki:20161217042619j:plain

 

しかし、継承権に疑義を持たれていたフレゼリクの即位に対し、ヤコブ・グリップという王位僭称者が反乱を起こす。

f:id:SuzuTamaki:20161217042717j:plain

 

 

先の大東方戦争でも活躍した歴戦の将軍ポール・ホーグ率いるデンマーク軍が、ルンドに上陸し、これを殲滅する。

f:id:SuzuTamaki:20161217042934j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161217043108j:plain

あっけなく鎮圧。

無意味な反乱は起こすべきではない。

 

しかしこの反乱はこの後巻き起こる大内戦の序章に過ぎなかった。

 

 

1521年6月1日。

フレゼリクの治世もようやく軌道に乗ってきた頃、突如として巻き起こった内戦。

f:id:SuzuTamaki:20161217043427j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161218020454j:plain

すでにホーグ将軍はこの世にいなかったため、フレゼリク1世自ら指揮を執り、反乱鎮圧に出向く。

 

 

内戦中に様々なイベントが発生。

f:id:SuzuTamaki:20161218021235j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161218021238j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161218021240j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161218021242j:plain

地域の自治度を上げたり、新たな反乱軍を出現させたり、資金を支払ったりすることで少しずつ正統性を上昇させていく。

 

 

そして1522年11月10日になんとか内戦が終了。

f:id:SuzuTamaki:20161218021328j:plain

安定度が一気に+3となり、思ってもいない遺産を手に入れることができた。

 

 

3.親政後半期・第二次大東方戦争とハンザ戦争(1523年~

1523年5月12日。

ポーランドから対モスクワ戦線に誘われる。

f:id:SuzuTamaki:20161218022554j:plain

 

前回同様にオスマンが敵方に参戦したものの、今度は皇帝率いるオーストリア軍がこちら側の陣営についたことでぐっと優位に。

f:id:SuzuTamaki:20161218022647j:plain

 

 

デンマークスウェーデン・ポリ連合・オーストリアの西方同盟及び、モスクワ・ノガイ・オスマンの東方同盟の大激突。

f:id:SuzuTamaki:20161218022720j:plain

 

この戦争の最中覗いてみると、一時は100近くあったポーランドの「お前の領土を欲しがっている」ペナルティが消滅していた。

f:id:SuzuTamaki:20161218022807j:plain

これは、ポーランドとの永久同盟の可能性も出てきた。

 

 

1525年12月6日。ポーランドが敵同盟と和平を結ぶ。

とくに領土のやり取りがあったわけではないが、これによりデンマークポーランドから大きな信頼を勝ち取ることができた。

f:id:SuzuTamaki:20161218022855j:plain

 

 

 

さらに1527年5月19日。

今度はブランデンブルク選帝侯デンマークに対し、対ハンザ同盟戦争への協力を呼び掛けてきた。

f:id:SuzuTamaki:20161218023012j:plain

ちょうどリューベックの領土も欲していたデンマークにとってこの申し出は渡りに船。

早速参戦することに。

 

 

兵力差は歴然で、デンマーク軍は早速リューベックホルシュタインを占領。そしてリューベック市もただちに包囲し始める。

f:id:SuzuTamaki:20161218023124j:plain

 

 

そして1529年1月16日。

ベルリン条約が結ばれ、リューベックホルシュタイン州をデンマークに、ホルシュタインリューベック市以外のすべての領土をブランデンブルクに譲渡することを承諾した。

f:id:SuzuTamaki:20161218023203j:plain

 

 

ブランデンブルクに恩を売るためとはいえ、デンマークにとっては、ホルシュタインリューベック市2つともを獲得したうえで単独和平する道もあった。

ブランデンブルクへの義理立てを優先し大きな魚を逃したとも言える。

ここは反省点の一つであった。

 

可能ならば1544年の講和条約切れを狙って、再びリューベックに攻め込みたいところだ。

そしてリューベック交易圏の完全支配を目指すのである。

 

そしてフレゼリク1世の治世中に、「探検」アイディアを獲得し、最初の探検家を大西洋に派遣している。

f:id:SuzuTamaki:20161218023756j:plain

f:id:SuzuTamaki:20161218023802j:plain

まだ植民可能距離が短く、実際の植民には至ってはいないものの、いよいよ植民地政策もスタートできる状況になってきた。

 

第4回に続く。