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リストリー・ノーツ

歴史ゲームのプレイレポートが中心。https://twitter.com/SuzuTamaki

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第8回 「対仏大同盟戦争と寛容の女王(1574年~1632年)」

1.対仏大同盟戦争 1574年。オーストリア君主マリア・テレジア2世は、ブルゴーニュ公とその同盟国スイスとの戦いに勝利し、スイスの首都ベルンと、ブルゴーニュ公の影響下にあったバル公爵領をともに獲得する。 オーストリアのこの動きに、当然フランス王ル…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第7回 「混沌の時代(1536年~1567年)」

ボヘミア(独:ベーメン)は、ハプスブルク家にとっては古くから因縁の深い地であった。そもそもハプスブルク家がオーストリアを支配するきっかけとなったのは、このボヘミアの王との対立からであった。13世紀後半。ときのハプスブルク家当主ルドルフ1世は、弱…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第6回 「宗教改革とイタリア政策(1509年~1536年)」

ハプスブルク皇帝世襲時代の3代目となったのはアントン32歳。 しかし彼は実は嫡子ではなかった。 1476年当時、正妻との間で男子に恵まれなかったカール1世は、ある秘密の会合にて出会った女性との間に一人の男子を設けた。 それがアントンであった。 カール…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第5回 「ロンバルディア征服戦争」(1499年~1509年)

ロンバルディア。 またの名をランゴバルド。 北イタリア中央部に位置するアルプス山脈の麓の平野部。 二つの大河に挟まれた肥沃な土地であり、古来より多くの勢力によって支配・征服が行われてきた。 もっとも有名なものの一つが、中世初期にこの地を支配し…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第4回 「カール1世の治世・前半」(1473年~1499年)

1473年2月18日。 偉大なる皇帝フリードリヒ3世の後を継いだのは、27歳とまだ若いカール1世。 これはハプスブルク家としての数え方であり、神聖ローマ皇帝としてはカール5世と名乗るべきだろう。 すなわち、かの広大なる「ハプスブルク帝国」を築き上げた有名…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第3回 「神聖ローマ帝国の大愚図」 (1460年~1473年)

カノッサの屈辱 - Wikipedia 聖職叙任権を巡り、ときの教皇グレゴリウス7世と皇帝ハインリヒ4世とが対立し、最終的に教皇が皇帝を破門。 破門された皇帝に対し帝国諸侯らは対立姿勢を強め、強制的な皇帝退位すら求める姿勢を見せ始めた。 窮地に立たされた皇…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第2回 「バイエルン・ヴェネツィア同盟戦争とその後」(1454年~1460年)

時代は少し遡るが1452年3月9日。 コンスタンティノープルがオスマン帝国によって陥落させられ、ビザンツ帝国からの避難民がオーストリアにも押し寄せてきていた。 彼らの中には古代ギリシャ・ローマ時代の智慧、すなわちアリストテレスやプラトンといった古…

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:オーストリア第1回 「第一次ヴェネツィア征服戦争」(1444年~1454年)

このゲームは1444年11月11日から1821年1月1日までを舞台にした歴史ゲームである。この期間はすなわち、ハプスブルク家による神聖ローマ帝国が興隆し、かつ衰退し息の根を止められるまでの期間とほぼ重なり合う。そこで、今回はこのハプスブルク家が統治する…