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Europa UniversalisⅣ プレイレポート:フランス 第5回「イタリア進出」(1512年~1539年)

前回のあらすじ~

機に乗じて、ブルゴーニュを叩きアルトワなどのフランス北東部を獲得し、さらにはプロヴァンスからアンジュー州も割譲させた。

これによってAEが急上昇し、イングランドやオーストリアを含む大規模な包囲網を形成されるも、宣戦されることなく何とか脱出。

そして教皇から破門されたプロヴァンスに最後の戦いを仕掛け、ついにこれを属国化。

フランスの本来あるべき姿を徐々に取り戻していく。

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1.ミラノ征服戦争

奪い取りたい領土は山ほどあれど、攻撃的拡張(Agressive Expansion)が高まり過ぎて包囲網を組まれては敵わない。

そう考えて慎重になり過ぎるうちに、ジェノヴァ教皇庁と同盟を結び、ブルゴーニュは交易同盟に仲間入りし、エノー伯とロレーヌ公爵は皇帝の加護下に入り、ヌヴェール(Nevers)はイングランドと同盟を結んでしまった。

どの勢力にも手出しできないまま無益に時だけが過ぎ去っていく。

 

そうも言ってられず、1521年6月11日。

フランスはミラノに宣戦布告する。

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一度はヴェネツィアに飲み込まれかけたこともあるミラノ公国

その後、皇帝などとも手を組み、逆にヴェネツィアを壊滅寸前にまで追い込み、モンフェラート侯国などを飲み込んで北イタリア一帯を支配する強大な国家へと成長していた。

そういった印象があったため、手を出すのをずっと控えていたが、ここに開戦を決断する。

現在、こちらの同盟の一角である教皇庁に対して攻勢を仕掛けていたことも、今回の開戦の理由の一つである。

 

とにかくひたすら恐れていたために(かつてなめてかかったブルゴーニュに全軍を壊滅させられかけたこともトラウマとなって)呼べるだけの援軍、すなわちカスティリャバイエルン、ここには見えていないがハンガリーにすら援軍を呼びかけての開戦となった。

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とはいえさすがにこれはやりすぎだったかな、とは思っている。

 

実際、戦争はまったく問題なく進行し、敵主力との激突もなく、あっさりと全土制圧で終了した。

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ピエモンテとモンフェラートを割譲させ、パルマを独立させる。さらには旧ヴェネツィア領も返還させて、一気にミラノを弱体化させる。

 

獲得した領土のコア化を始める前に3つ目のアイディアとして「統治(Administrative)」アイディアを取得。

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その2番目のアイディアである「適応性(Adaptability)」まで一気に獲得し、コア化コスト-25%の効果を得る。

 

1526年3月にパルマを属国化。

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また同年8月にハンガリーから参戦依頼が来るが、皇帝およびオスマン帝国とも戦うことになるので、分が悪いと判断し拒絶。

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今回、参戦依頼に対する拒絶が結構多いが、大丈夫だろうか。

当該国との関係が(二度と同盟を組めないくらいに)悪化するくらいならまだマシだが、それ以外の国にも結構な影響をもたらすようであれば気を付けたいのだがどうだろう。

 

 

2.ヌヴェール・ロレーヌ征服戦争

1528年2月22日にヌヴェールに宣戦布告。

すでにヌヴェールは1州しか残っていないが、その同盟国であるロレーヌ公国を征服することも目的の1つであった。

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戦争内容はまったく問題がなさすぎるので割愛。

およそ15か月後にまずはロレーヌ公国を属国化。

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さらにヌヴェールは残されたその1州を併合した。

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正直、ロレーヌ公国の併合の段階でAEが半端なく上昇することはわかっていたが、ここで怖気づいていてもまったく前に進めないと判断し、決断した。

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結果、再びフランスに対し大包囲網が組まれることに。

大丈夫、今回はイングランドも皇帝も含まれていないし、宣戦布告さえされなければどうってことはない。

暫く大人しくしていれば問題はない。

 

さらにはかねてより計画していた「譲位」を実行。

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50威信と20正統性は決して安くはないが、これだけ、現君主と後継者とのパラメータが離れており、しかも年齢差もない、という状態であれば、実行するだけの価値はあるはずだ。

後継者であるアンリの性格だけが難ありではあるが・・・

 

とりあえずこれにてアンリ2世が即位。

また、後継者も約1年後に無事、生まれる。

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後継者の名はフランソワ。能力値は平凡だが、低くない、ということが重要だ。

なお、アンリの奥さんはかのアルマニャック家のご息女だという。

 

 

3.ルッカトスカーナ征服戦争

包囲網も無事、解除された1537年。

大交易圏を司る重要都市ジェノヴァを手に入れるべく、この地を現在支配しているルッカ共和国に宣戦布告する。

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ルッカは中部イタリアの雄トスカーナ大公国と同盟を結んでいる。

そのため、それなりの手応えがあるだろうと判断し、教皇庁・スイス・バイエルンに助力を要請する。

(カスティリャイングランドとの戦争中であった)

 

だがまあ、この戦争も結局、まったくもって張り合いがなかった。

戦争中にナントの勅令が発布されたことくらいしか、扱うべき事項もないくらいである。

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すでにフランス国内にもプロテスタント・改革派が入り込んでおり、少しずつ宗教的統一性(Religious Unity)を蝕んでいた。

そんな中採用することが可能となるこのDecisionsはフランス固有の非常に有用なそれであると言える。

ペナルティは無いに等しいので即、採用。

さらにフランスの固有アイディアである「自由・平等・博愛(Liberte, egalite, fraternite)」もまもなく採用可能となり、これでさらに、異端寛容度を高めて国内を安定させられる。

状況によっては「人間主義」アイディアの獲得もするかと考えていたが、それも必要なくなるかもしれない。

 

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1539年8月。

トスカーナおよびルッカとそれぞれ講和。

トスカーナにはウンブリアの教皇庁への返還とピサの独立承認を要求。また大量に貯め込んでいた資金を献上させた。

さらにルッカにはジェノヴァを割譲させ、さらにルッカ州も請求権をもっていたパルマに譲渡させた。

あとはニースに残っていたコアをもとにサヴォイアを復活させ、モデナも独立させる。

結果、ルッカ共和国コルシカ島のみを領有する国家へと転落する。

 

 

この後は、ジェノヴァのコア化が完了した後、国境を接するようになったパルマを外交併合。

さらにはモデナとピサも関係改善を進めたのちに属国化して外交併合を行う。

 

史実ではシャルル8世からフランソワ1世に至るまで果たそうとして果たせなかったイタリア政策を、この世界では着々と進めていこう。

 

第6回へと続く。