読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

リストリー・ノーツ

歴史ゲームのプレイレポートが中心。https://twitter.com/SuzuTamaki

日の沈むことなき帝国を目指して 第2回「イベリアン・ウェディング」(1454年~1485年)

Europa UniversalisⅣ プレイレポート:カスティリャ

前回のあらすじ~

無事、レコンキスタを完了させ、イスラム勢力を半島から追放することに成功したカスティリャ王フアン2世。

f:id:SuzuTamaki:20170207145916j:plain

しかしこの戦いの中で最愛の息子エンリケを喪ってしまい、家系は断絶の恐れを抱えてもいた。

 

また、カスティリャの同盟国フランスも、宿敵イングランドとの戦いに勝利し、国内の統一を進めていく。一方で同じく同盟国のポルトガルは、カスティリャが去った後の対モロッコ宣戦で敗北し、かつて手に入れた北アフリカ領のセウタを手放す結果となってしまった。

 

激動のイベリア情勢。さらなる困難が、カスティリャの前に立ちはだかろうとしていた。

 

目次

 

アルプハラスの反乱

先の戦いでカスティリャが手に入れた上アンダルシア地方。

いまだにイスラム教徒が根強く残るこの地で、カスティリャ政府は激しい弾圧と共に強権的な改宗策を取っていた。

そのことに反発したイスラム教徒たちは、この上アンダルシアの地で大規模な反乱を起こした。

これが、史実においては1568年に勃発するアルプハラスの反乱である。

f:id:SuzuTamaki:20170207163848j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170207164007j:plain

安定度-1と共に総計31連隊もの反乱軍が出現。

その指揮官の能力も4/3/1/0と強力。

 

ZOCの効果で敵軍がうまく動けないのを見計らって各個撃破していく。

 

 

鎮圧後、出現したのがこのイベント。

史実におけるモリスコ追放を行うかどうかの選択肢らしい。

f:id:SuzuTamaki:20170207164228j:plain

追放を行えば旧グラナダ領におけるグラナダのコアはすべて消滅。

その文化もすべてカスティリャ文化に。

宗教もカトリックへと変化する。

ただし安定度-2

 

一方、追放を行わない選択肢を選べば、安定度が+1される。

 

しばらく迷いつつも、

  • グラナダ領のアンダルシア文化は元々受容文化の1つであること。
  • 改宗作業も時間はかかるが進めることはできる。
  • 安定度の回復のために使えるほど統治君主点に余裕はない。

といった理由で、今回は追放を行わないという選択肢を選ぶ。

 

フアン2世は、異教徒たちの追放ではなく、共存の道を選ぶこととなった。

(なお、史実ではフェリペ2世がこの追放を行っている)

 

 

仏英戦争、再び

さて、反乱も鎮圧し、しばらく内政を進めるカスティリャ王国。

1459年8月には、ナヴァラ王国の併合を果たした。

f:id:SuzuTamaki:20170214233745j:plain

 

海外植民も順調に進め(後述)、繁栄に向けて邁進するカスティリャ王国。

しかし、そんなカスティリャ王国がこの後、悲劇に巻き込まれていくことになる。

 

1472年5月11日。

フランスがイングランドに宣戦布告する。

f:id:SuzuTamaki:20170209021716j:plain

狙いは大陸に残ったイングランド領ラブール。

百年戦争はまだ終わっていなかったようである。

 

 

カスティリャは断るわけにはいかずこれを承諾。

戦力差は五分五分といったところである。

f:id:SuzuTamaki:20170209021847j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170209022015j:plain

f:id:SuzuTamaki:20170214235029j:plain

次々とイベリア半島に上陸するイングランド軍。

フランス軍はラブールの占領にかまけ・・・まったくこちらを手伝おうとしない。

 

ギリギリの戦いを数回こなし、イングランド軍を撃退していくものの、その兵数は減るどころか次々と増え、やがてこちらの戦術ミスによりカスティリャ全軍が溶けるという事態に。

 

 

こうなってはどうしようもない。

被害が拡大する前に、イングランドに降伏することにした。

f:id:SuzuTamaki:20170209022238j:plain

かくして、1474年2月14日。

カスティリャ王国はイングランドビスカヤナヴァラを割譲する。

その他、フランスとの同盟破棄も承諾。

 

この2州の経済力は大したことなく、賠償金もそこまで要求されなかったことで、この敗戦によるダメージはあくまでも限定的である。

気を取り直し、戦後復興の道を歩むことにする。

 

カスティリャ成長の道は十分にある。

その1つが植民地経営であり、もう1つが「イベリアン・ウェディング」である。

 

 

新世界の発見

時は戻って1468年7月28日。

「探検」アイディアの2番目「新世界への探検(Quest for the New World)」を獲得。

f:id:SuzuTamaki:20170209020013j:plain

これで「探検家(explorers)」の雇用が可能となり、すなわち植民可能な土地を探し出すことが可能になる。

 

 

早速、探検を開始。

もちろん最初の目的は、西アフリカ沖に位置するカーポ・ヴェルデ。

f:id:SuzuTamaki:20170209020954j:plain

アフリカ・南アメリカ入植の橋頭保となるこの土地の重要性は非常に高い。

カスティリャが奪うことで、ポルトガルその他の入植を抑制する効果も持つ。

 

1471年5月3日には「新世界発見」ボーナスを獲得。

f:id:SuzuTamaki:20170215000447j:plain

威信+50は非常に大きい。。

 

 

イングランドとの敗戦後は国力のすべてを植民に注力。

f:id:SuzuTamaki:20170215000648j:plain

植民者1名で3つの植民地を育成するという禁じ手を活用し、潤沢な国庫を酷使しながら拡大をはかる。

 

 

トラスタマラ家の命運

さて、カスティリャ王国の悩みの種はもう1つあり、それは後継者問題であった。

モロッコとの戦争において、愚昧なるフアン2世の嫡男エンリケ無事、戦死

しかし期待した新たな後継者は現れず、トラスタマラ家は新たな危機を迎えることとなる。

 

そんな危機を打開するチャンスは1467年に訪れる。

ポルトガル王アフォンソ5世が35歳の若さで崩御

21歳の弟ホセ1世が新たな王として即位する。

そして、そのホセ1世の娘マリアが、フアン2世の新たな妻として宮廷入りを果たす

f:id:SuzuTamaki:20170209013942j:plain

このときマリアは26歳。そしてフアン2世は62歳。

まさに、後継者を生むというその1点のみを求めた政略結婚であった。

 

 

そして3年後、待望の男子が誕生。

f:id:SuzuTamaki:20170209021116j:plain

狂喜乱舞したフアン2世は、この息子に自身と同じ名をつけることにした。

 

この愛すべき息子がよりよく統治できる体制を整えるべく、フアン2世はその後なんと10年もの間、生き永らえた。

そして1480年11月11日。フアン2世は75歳という、当時としては驚異的な長寿を全うすることとなった。

 

10歳となったフアン3世は母マリアの摂政のもと治世を開始。

さらにその1ヶ月後、ついに待望のイベント「イベリアン・ウェディング」が発動する。

f:id:SuzuTamaki:20170215002932j:plain

英語版wikiの記述によると、アラゴンカスティリャの両者の君主の性別が異なること以外に、いずれかが摂政政治であることもまた、発動の条件であるようだ。

 

これでアラゴンと同君連合となったカスティリャ王国。

50年後にその領土の併合が保証されたわけである。

 

 

そして1485年3月19日。

フアン3世が無事、成人を迎え、親政を開始。

f:id:SuzuTamaki:20170215003904j:plain

 

新たな王の下で、カスティリャ王国は更なる繁栄を目指していくこととなる。

 

第3回へ続く。