明智家。
清和源氏土岐氏の流れを汲むとされるこの一族は、美濃国の斎藤家内紛に巻き込まれ滅亡間際に追いやられるも、そこから逃れた光秀なる男がのちに天下人・織田信長の側近となったことで歴史の表舞台へと登場する。
その出自においては不明な所の多い光秀だが、その権謀術数の妙において信長の信頼を勝ち得、家内筆頭の地位を得るほどまでになっていた。
しかし、信長死後、その暗殺の疑いを掛けられた光秀は同じく家内最大勢力の1つであった羽柴秀吉と対立し、やがて彼との戦いの中で何者かにより暗殺されてしまう。
明智家の家督は光秀の幼い子・光慶へと継承されるが、その政治の実権は光秀の側近で従弟でもあった明智左馬助秀満が握り、やがて明智家の廃絶を企む羽柴に反旗を翻す形で蜂起。
南近江一帯を制圧するも、頼みの柴田勝家が羽柴方に付いたことで形成は逆転。
最終的に愛知川の戦いで大敗し、明智秀満も討ち死にしてしまった。
降伏し、囚われの身となった光慶は、織田家新当主・織田信雄と秀吉への服従を誓う。
明智家は、敗北者として歴史の中に埋もれていく定めとなったのだろうか。
いや――光慶もまた、明智の正当なる後継者であった。
その執念深き性質は、この日の屈辱を決して忘れないだろう。
明智光慶の物語は、ここから始まるのだ。
Ver.1.11.3(Peacock)
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- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
- Legacy of Perisia
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- Japanese Language Mod
- Shogunate(Japanese version)
- Nameplates
- Historical Figure for Shogunate Japanese
- Big Battle View
目次
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服従と陰謀
天正20年(1592年)4月14日。
織田家筆頭家老にして、その混乱期においても常にその中心に居続けた巨星・柴田勝家が、70年の生涯を終え往生した。
これを受け、空席となった評定衆の席に、勝家の庶子・勝里が配されるものと思われていたが、織田家当主・織田信雄が選んだのは驚くべきことに「謀反人」明智光慶であった。
「此度は身に余る御役目を戴き、誠に有難う御座います」
岐阜城の一室で、織田信雄を前にして光慶は深々と頭を下げる。
「・・・何だ、十五郎。不満でもあるのか? その言葉が本音ならば、もう少し嬉しそうにしたらどうだ」
信雄の言葉に、光慶は視線は床に落としたまま少しだけ頭を上げる。
「――拙者はかつて、尾張様に弓引いた身。その私めが、このような任を戴くべきなのかどうか、正直迷っておるのです」
光慶の言葉に、信雄は快活に笑いながら答える。
「何をいつまでも過去のことを申しておる。貴様に謀反の意など無かったことは十分に存じておる。それでも責任を感じる気持ちは殊勝なれど、ならばこそ、我らが織田家の為に尽くしてさえくれれば問題ない」
それに、と言いながら信雄はちらりと横の男に視線を送る。
「此度の推任は、羽柴殿の勧めもあってのことであるからな」
「は――」
光慶は思わず顔を上げ、信雄の隣に並ぶ男を見やる。
男――羽柴秀吉は、光慶と目を合わせると、にこやかに微笑む。
「尾張様の仰られる通り。過去のことは水に流し、共に手を取り合おうぞ。貴殿も明智家も、我らが織田家には欠かせない存在。此度の軍奉行の任、引き受けてくれるか?」
「は――」
光慶は再び視線を落とし、両の掌を畳につけ、深々と頭を下げた。
「有難き幸せ。我が身、一心に織田家の為尽くすこと、ここに改めて誓いまする」
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「――如何でしたかな、明智殿は」
部屋を出てきた秀吉を迎え、その実弟にして側近の羽柴秀長が尋ねる。
「フン・・・変わらずよ。忠誠心の強い愚昧なる仔犬のようにも思えるが、」
言いながら、秀吉の表情は曇る。
「同時に、巧みに皮を被った狼のようにも思える。それは明智の名にワシが抱く幻影の類に過ぎぬのかも知れんがな」
「光秀殿は実に恐ろしく異様な男でしたな。その血を引いているとは言え、かのような存在がそう何人も生まれるとは思いませぬ」
「そう、さな・・・おい、はんべ――」
言いかけて、はっと口を閉じる。
「どうされました?」
「いや、何でもない」
首を振りながら、秀吉は昨年旅立った友のことを思い出す。まだ46歳という若さではあったが、生来の病弱さからしてみれば、よく保った方であったとさえ言える。
――半兵衛、お前ならどう判断する?
秀吉は縁側から空を見上げ、今は亡き、自身の最も信頼する参謀に、問いかける。
――果たしてあの男は信用に足るのか? それとも・・・
空は何も答えず、ただ秀吉の心に孤独と不安を与えるのみであった。
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「十五郎様、ご無事で」
坂本に帰城した光慶を、軍奉行の斎藤内蔵助利三が出迎える。
「ああ、内蔵助。お前も大義だったな。本願寺らは大人しくなったか」
「は。京周辺はあらかた平定し、我らの支配も盆地内のほぼ全域に至るまでに」
光慶が坂本を離れた隙を突いて、将軍・足利義昭が本願寺勢力と手を組んで京の奪還のために兵を挙げていた。しかし事前にこの情報を掴んでいた光慶は、利三を中心とする主戦力を坂本に残しており、すぐさまこれを撃退。逆に未だ足利の影響力が残っていた西院や伏見から将軍勢力を駆逐することに成功していた。
「一度は手を結んだこともありましたが、やはり信用能わぬ男ですな。しかしこれで改めて力の差を見せつけることもできましたので、朝廷もいよいよ我らの要望に応じるのでは」
「焦る必要はない。今はまだ、我々は織田の傘下にある身。出過ぎた真似は不安の種となる」
光慶の言葉に、利三は頷く。
そして辺りを窺いながら、声を顰める。
「十五郎様、草より報告があるとのことです」
利三のその言葉の意味を光慶はすぐに察する。
利三の呼びかけに応じ、座敷に入ってきたのは一人の女性。
舞と名乗るその女は、秀満がその諜報任務において重宝していたという素破の一人で、秀満の死後も継続して織田家内に忍び込ませ情報を集め続けていた。
その舞からの報告ということで、光慶は身構える。彼女には、特に織田家内で連続して行われていた謀殺の首謀者について調べさせていたところだったのだ。
「――確たる証拠を、掴みました。織田家前当主・織田為信公の暗殺の首謀者が・・・尾張殿の弟君たる、織田源三郎信房様であったということを」
「――ほう」
光慶は目を光らせる。信雄や秀吉の前では決して見せなかった、彼の狼の一族としての昏い光がその奥には潜んでいた。
「無論、奴の独断ではないだろう。これをネタに、もう少し揺さぶる必要がありそうだな」
そう言うと光慶は立ち上がる。
「伊勢に出掛けてくる。内蔵助は引き続き、京の警護を頼む。公方も暫くは動かぬだろうが、警戒を怠るわけにはいかんからな」
「は。然らば、護衛役として、あの男をお連れしては如何か。先の京での戦いにおいても、『鬼左馬助』の継承者として相応しい、獅子奮迅の戦いを見せておりましたが故、信頼に値するものと思います」
「ああ――あの男か。そうだな・・・そうしよう」
計画と反撃
8月1日。
伊勢・田丸城。この場所に所領を与えられていたのは、織田尾張守信雄の弟で織田信長の「四男」、かつて御次丸と呼ばれていた男、織田秀勝である。
「こうして会うのも久しぶりだな、乙寿。此度は軍奉行への任官、祝着至極に」
「ああ。しかしそれ故に、多忙となるだろうからな。今のうちに『遊んで』おくべきだろう」
「遊び、か・・・懐かしいな。昔を思い出すよ。
事前に言われていた通り、鷹狩りの準備は済ませておる。件の源三郎も問題なく来るようだ。そこで・・・」
「ああ、楽しくお喋りをさせてもらおう」
光慶の言葉に、フ、と秀勝も笑う。
「お前も変わったな、乙寿。以前よりずっと、強く、芯のある男となった気がする。覚えているか? かつてワシがお前に言った、お前こそが織田の主に向いているかもしれないという言葉を」
「――そんなこと言ってたな、御次」
だが、と光慶は続ける。
「あのときお前は儂を思いやりのある男と言ってくれていた。そう考えると、今の儂にそれはないのではないかと思うが――」
そう言って自嘲気味に笑う光慶に、秀勝は少し真剣な顔つきになって答える。
「いや、お前の根本は・・・変わっていないように思っている。お前の根本はあのときと同じ、心優しき男だ」
「それゆえに、心配でもある。何か、こう、お前が自分に対する責務によって押し潰されないか、と言うことに。
明智の名に・・・とくにお前の父である十兵衛殿のように、ならねばならぬとは決して思い過ぎぬよう――」
「分かっている」
光慶は毅然とした口調で遮る。
「儂も、父と全く同じになれるとは思っていない。
儂はそれでも、この道を自ら選んだ。そこに、迷いはない」
「そうか」
再び秀勝は表情を柔らげる。
「ならば、改めて宣言しよう。ワシにとっての真の主君は兄ではなく、おぬしであるということを。そして、おぬしを助けるべくワシも全力を尽くすことを、改めて誓おう」
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10月30日。
秀勝主催で度会にて行われた鷹狩りに、光慶や信房、さらには信包や秀成など、伊勢に所領を持つ織田一門衆も数多く参加し、それぞれが思い思いにこの束の間の娯楽を楽しんでいた。
その合間、光慶と秀勝と信房が3人だけになった瞬間を狙い、秀勝は信房にその話を振った。
すなわち、為信公暗殺の下手人がお前であることを我々は知っているぞ、と。
途端に青ざめた信房。否定しようとするが秀勝がそれを許さない。首元を掴み、「この裏切り者めがッ!」と恫喝する。
「――まあ待て、御次」
と、光慶は秀勝を抑える。そのまま信房に向き直り、優しく微笑みながら語りかける。
「源三郎殿、まさか貴方が自らの御意志だけでこのようなことをされるとは思っておりませぬ。
仰って下さい。誰かに唆されたのであれば、その者の名を。その者こそが、織田家に対する真の裏切り者であり――今改めて織田家に忠誠を誓ったこの私が、真に打ち倒さねばなるぬ者なのですから」
「そ、それは――」
言い淀む信房に、言えッ!とさらに恫喝する秀勝。ついには、項垂れた信房の口から、その男の名が漏れ出した。
それは当然、予期していた名であった。
「――承知しました。
源三郎殿。その者こそ、我ら織田家の真の敵なのです。どうか、共に手を取りましょう。その者たちを偽りの玉座から引きずり下ろし、真の織田の秩序を取り戻すための戦いに向けて。
そうすることによって、貴公の濡れ衣をも、晴らすことができるのですからね」
光慶の言葉に、信房はただ、頷くほかなかった。
かくして、着々と光慶の「計画」は進む。すなわち、偽りの玉座から偽りの主君を引き摺り下ろすための計画が。
すでに軍門に降った信房のみならず、織田家重臣であった滝川一益や池田恒興、さらには信雄の弟にしてその最大のライバルである信長三男・織田信孝もまた、当然のように光慶の誘いに乗り、計画への参加を決めた。
容易に味方しなさそうな、しかしその存在を無視できない勢力に対しては、信房同様に舞を使った諜報を駆使して弱みを握り、脅迫。
こうして文禄2年(1593年)10月頃までには、織田家中の半数近い勢力が、光慶が握った為信暗殺の「真実」を知り、かつてこの「真の敵」に対し為信公を守らんとした明智光秀こそが、本当の織田家の守護者であった、という光慶の言葉を信じるに至ったのである。
勿論、この動きを彼らが気づかぬはずもない。
「――は、羽柴ッ! どうなっておる・・・三七までもが公然と我を非難し、このままでは抵抗できぬほどの勢力となりかねんぞ・・・!」
焦り、慌てた様子で秀吉に詰め寄る信雄。しかし秀吉はこれに対し、柔和な笑みを浮かべ落ち着いた様子を見せていた。
「落ち着いて下され、尾張様。奴らがいかに勢力を集めようとも、所詮は烏合の衆。その頭をもぎ取れば、いとも簡単に高転びするでしょう」
「さ、策はあるのか」
「ええ、勿論で御座います」
にこりと笑う秀吉に、信雄も少し落ち着きを取り戻す。
「分かった・・・貴殿を信じよう。頼んだぞ、羽柴」
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「家増」
「ここに」
長浜に戻った秀吉がその名を呼ぶと、現れたのが越智家増。半兵衛亡き後、羽柴家内の諜報を一手に担う男である。
「伊賀者を連れて奴を襲わせろ。失敗は許さん」
「はッ!」
家増は青ざめた顔で退室する。彼が去った後も秀吉は室内に立ち尽くし、表情を険しくしながらぶつぶつと独り呟き始める。
「――小一郎ッ!」
秀吉の叫びのような呼び声に、弟の羽柴秀長が慌ててやってくる。
「丹羽、佐久間、蒲生、それから泉の松浦にも遣いを出し、戦の準備をするように伝えろ。堺の津田宗及にも商人衆をまとめ上げ、銭を集めさせるのだ。例の新兵器も引っ張り出してこい。後からいくらでも利権は認めてやる。
今こそ天下分け目の戦の時だ。敗北は絶対に許されぬ」
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12月4日。
坂本の街を、光慶は供回りたちと共に視察していた。
ここ数ヶ月、彼は軍奉行としての責務を全うする為に諸国を巡り、その合間に密かに諸将と出会い来るべき時に向けての懐柔を実行。さらには国友に立ち寄りの最新式の鉄砲の調達を行うなど、忙しく立ち回っていた。
故に、この坂本に居るときの方が少ない時間を過ごしていた彼は、実に久方ぶりに巡る坂本城下の様子に驚きを浮かべていた。
「暫く見ぬうちに、随分と街中も立派になったものだな。与右衛門、おぬしがこの開発の指揮を採ったと聞いておる。実に大義である」
「――は。お褒め頂き、恐悦至極」
光慶と並び馬を進めるのは藤堂与右衛門高虎。かつて浅井家に仕えていたときに光慶の父・光秀に見出され、以後明智家の寵臣の一人となっていた男。武力のみならずとくに町普請においてその才覚を発揮し、坂本の行政と財務を一手に担っていた。
「来るべき戦に備え、町造りを進めるのみならず、在地勢力の懐柔も進めており、今や明智の精鋭鉄砲軍団は天下一のものとさえ言えるでしょう」
「うむ。頼もしい限りだ。戦の際にはお前の力も――騒がしいな、何事だ?」
言いながら光慶が声のする方を振り向くと、武装した農民の集団が一塊になってこちらに向かって突き進んでくる様子が見えた。
「――殿、御下がり下されッ!」
農民兵たちは光慶の護衛たちによって行く手を阻まれ、勢いを削がれた。そしてさっきまで官僚然としていた高虎が腰元の刀を抜いたかと思えば、馬に乗ったまま農民兵たちのもとに突撃し、次々とこれを切り倒していく。
それはまさに鬼の如し形相――かつての明智秀満が与えられし「鬼左馬助」の継承者として実に相応しき勇猛ぶりであった。
光慶暗殺の企ては失敗に終わった。それどころか捕えた農民兵たちの生き残りを拷問にかけ、これが羽柴秀吉の仕業であることを明らかにした。
これを受け、いよいよ光慶は高らかに宣言する。真に織田家の守護者として相応しいものが誰であるのかということ。少なくとも今、その玉座に座っている者は、決してこれに相応しい存在ではないことを!
かくして文禄2年(1593年)12月25日、明智光慶は5年前のリベンジとなる、二度目の「反乱戦争」を引き起こした。
今度こそ――父の、そして左馬助の、誇りを取り戻すための――勝利を。
文禄の役
安土の再戦
坂本における光慶暗殺の失敗、そして立て続けに起こった光慶による宣戦布告と尾張や伊勢方面での挙兵の報せ。それらを耳にして坂本の羽柴秀吉はすぐさま下知を下す。
「近江摂津和泉の諸将は我々の側に立つことはすでに確認しておる。全軍を安土に集結させよ! 五年前と同様、その地で奴らに引導を渡してやるわ!」
その言葉通り、秀吉・信雄に味方する兵たちは安土に集まり、野洲郡の永原城を包囲していた明智軍に対して強襲を仕掛けようとしていた。
だが、その「織田軍」に対し、鈴鹿山地を越えて背後から襲い掛かろうとする集団の姿が。
「――いよいよ、戦えるってわけだな、兄貴」
鬱蒼と茂る森の中を突き進む彼らの部隊は、不自然なほどの静寂さと冷静さとに満ちていた。彼らもまた、5年前の戦いの「敗北者」であった。あのとき、明智に味方して、殆ど戦うこともせずに「降伏」した徳川家康は、人質を出すなどしつつも許され、雌伏の時を過ごすこととなった。
そして、此度の「再戦」。その話を光康から受けたとき、家康はこの若き青年を前に厳しく問いかけた。
「――十五郎殿。貴公の為さんとしていることは、施政者の独善に過ぎぬということは、理解しておるか? 貴公のその選択が為に、血を流す者たちが多くいる。明智に仕えし一門衆ならばまだしも、これに動員され生活がために武器をとる農民兵たちは、流さなくともよい血を流し、捨てなくともよい命を捨てることになりかねぬ。その残酷さを許容することが、貴公には適うのか?」
その問いかけに、青年は応えた。
「独善こそが、施政者、即ち人の上に立つ者の美徳であり責務であります。
我が道が正しく、そして民を最終的に安寧へと導くと信ずるが故に独善に突き進み、足元に絡む亡者共を振り払う覚悟こそが必要と解しております。
それこそが、父が通った道なり。そして、明智が通るべき道なり。
父の為し得なかったその道を、我は突き進まんとする。
貴殿も、これについてきてほしい」
「――フ、ある意味で似ておるな。あそこまでとは」
「光康殿が、父の光秀殿に、ですかな?」
思い出し笑いを浮かべる家康に、側近の本多正信が尋ねる。
「それもそうだが――」と、家康は応える。
「それだけでなく・・・どこか、そうだな、かの信長公を前にしたときのような感覚をも、覚えたのだ」
「ほう・・・」
目を丸くして小さく驚いた様子を見せる正信。そして口元に柔らかく笑みを浮かべつつ続ける。
「ならば、やはり殿の賭けは成功していたかもしれませぬな」
「で、あれば良いがな――すべては、この後の決戦だ。我々の中で止まっていた五年の歳月を、再び動かし始めるぞ、皆の者!」
家康の言葉に、一同は一斉に鬨の声を挙げる。
そして、安土の再戦が幕を開ける。
敵軍の総大将は蒲生飛騨守氏郷。かつて柴田勝家の与力として活躍し、数々の武功を挙げた勇将の一人。
その5,000の兵の内訳として、700を超える鉄砲兵に200近い騎馬武者、さらには300を超える徒武者など、実に錚々たる武将たちが揃い、屈強なる様子であった。
一方、織田信雄自ら率いる明智・徳川連合軍は、騎馬武者の姿こそなく鉄砲兵も数ではわずかに劣るものの、その強靭さは敵方の騎馬武者すら凌ぐほど。
この鉄砲隊を指揮する「弓の利三」こと斎藤利三の見事な統率力でもって、まさに天下一の鉄砲隊が次々と織田軍を苦しめていくのである。
「――何ンだ、前線の奴ら。怯みおって。それでも鬼柴田の臣下として名を馳せた者たちの姿か?」
味方の軍の劣勢を聞き、馬上の兵が一人、嘆息する。そしてそのまま手綱を引き寄せ、馬を嘶かせる。
「玄蕃殿、まさか、御自ら敵地へと飛び込むつもりでは――」
「そのマサカじゃッ! 大将自ら前に出て、兵を鼓舞するのが儂らの鬼柴田流じゃろがいッ!」
そう言って鉄砲の雨あられと化した戦場に向けて真っ先に突っ込んでいく佐久間玄蕃盛政。「み、皆共、付いて参れッ! 玄蕃殿を独りにするではないッ――!」と、供回りたちも慌てて盛政の後をついて駆け抜けていく。
驚いたのは利三の鉄砲隊である。まさか、この地獄と化した鉄砲陣地に、自ら突っ込んでくる奴らがいるとは――。
「くっ・・・怯むなッ! 撃てッ! すべてここで押し留めよッ!」
「――洒落臭い! 儂こそが鬼玄蕃、かの鬼柴田の後を継ぐ、織田家第一の猛将なりッ!」
向かってくる銃弾をものともせず鉄砲衆の許へと突っ込んだ盛政はそのまま十尺近い長槍を振り回し次々と銃兵を屠っていく。そしてついにはその指揮官・利三の眼前へと迫り、その片目を奪い取る一撃を食らわせる。
だが、その次の瞬間。
「――オラオラッ! やらいでかッ!」
熊の如き巨漢が二人の間に割って入り、そのまま巨大な槍を振って盛政へと襲い掛かる。
「こちとら五年前の鬱憤が溜まりに溜まってるんだッ! せいぜい楽しませてもらうぜッ!」
「――む、何だこの男・・・!」
男の名は本多平八郎忠勝。その勇猛さで言えば鬼玄蕃に全く引けを取らない猛将が、盛政を追い詰めて負傷させるに至る。
だが、いずれにせよこれは、戦場の一角で繰り広げられた局地戦に過ぎず。
全体としての趨勢は変わらず、総数でも質でも勝る明智・徳川連合軍による一方的な状態が繰り広げられていた。
最終的には自軍の2倍近い敵軍の損害を出したうえで勝利。
家康の嫡男で家内随一の武勇を誇る信康を始めとし、本多平八、井伊直政など、徳川勢の名だたる勇将たちがまるで競い合うかのようにして敵兵の首を奪い取っていった。
「左馬助、見ておるか」
味方の兵たちが鬨の声を上げる中、戦場の中心に立った光慶は胸元に手を当てながら空を見上げていた。
「まずは一勝。ひとまずは、五年前の雪辱を晴らすことができたぞ」
「――十五郎様」
その光慶のもとに、斎藤利三が駆け寄ってきた。
「危急の報せとなります。摂津和泉の方面からやってきた尾張軍の別動隊が、坂本の城を包囲したとの由」
戦いは、第二幕へと移る。
坂本城の戦い
「坂本城を包囲する部隊の総大将は、和泉守の松浦光殿と」
「ええ、十五郎様に代わり織田家の軍奉行に任命された、家内でも随一の武名を誇る実力者にて。かの三好家の十河一存殿の実子でも御座います」
「堺より仕入れられた最新式のフランキ砲も一部運び込まれているようで、さしもの坂本城もそう長くは保ちませぬ」
「――相分かった。急ぎ、向かわせよう。全軍、坂本へと強襲だ」
かくして文禄4年(1595年)1月19日*1、坂本城を包囲する織田信雄軍に対する攻撃を加える「坂本城の戦い」が幕を開ける。
坂本城は琵琶湖畔に建てられ、その水を取り入れた内堀、中堀、外堀によって囲む水城である。
それぞれの堀では高く頑丈な石垣と豊富な鉄砲衆による強固な防衛網が構築され、これまで何度かあった襲撃に対しても固く守り続けていたものの、今回羽柴勢が導入した大筒によってこの石垣が破壊されると、次々と敵兵が城内に侵入。屋敷に火を放ちつつ、二の丸、そして本丸へと迫りつつあった。
斎藤利三ら鉄砲奉行衆の大半を安土の戦いに動員していたこともあり、陥落は目前。
これを抑えるため、光慶は安土の部隊を急ぎ坂本へと向かわせた。
とは言え、先の安土の戦いで敗走させた敵軍の反転攻勢も考えられる。
「我にお任せ下さい。信長公に『背に目を持つ男』と賞された亡き父に代わり、我が信長公の遺領を賭けた一戦の重要たる『背の目』となりましょうぞ」
重臣・酒井家次の言葉に、家康は頷く。
「うむ。頼んだぞ。しかし相手はかの蒲生氏郷。決して油断するでないぞ。偉大なる父を持つが故に武功を焦りその命を無下にすることなきよう」
「――は」
「さて、我々も急がねばなりませぬな。本丸陥落も時間の問題。十五郎様の妻子が人質に取られてはこちらも手出しできなくなりまする。多少の犠牲を覚悟で、強硬策で突撃するものが良いかと」
利三の進言に光慶も頷く。
「全軍、利三の指示のもと突撃せよ。敵主力の大半がここに攻めかけてきておる。ここが真の決戦の地と定め、一人でも多くの敵兵を討ち倒すのだ!」
坂本城へと攻め入る松浦光率いる摂津・和泉攻城部隊に対し明智・徳川本隊が強襲。
これを防ぐため追走を仕掛けてくる蒲生氏郷率いる織田軍本隊に対し、酒井家次隊が本隊の背を守る形で防戦。
戦いは数で勝る自軍に有利。敵兵を確実に削り取っていく。
だが。
「――内蔵助様! 本丸が崩され申した! 間もなく、松浦勢が城内へと雪崩れ込んでしまうかと!」
「ならん! この身に代えても、十五郎様が子息、御守り致さねば!」
報告を受け、斎藤利三は自ら兵の先頭に立って本丸内へと侵入した松浦勢に向けて突撃。その目の前に、これを待ち受けていた松浦の鉄砲兵たちの銃口が映る。
「――内蔵助様、背後にッ!」
利三をかばう様にして側近たちが利三の前に立ち、銃弾を浴びせられていく。しかし、その数は恐るべきもので、利三も決して無事ではすまぬことは明白であった。
「――ぬううッ! 左馬助・・・儂も間もなくそちらへ行くぞッ! わが人生六十余年、明智に仕えし事、実に名誉なりし・・・その生涯の最後に、その後継ぎを守りて散ること、この上なき誉れであるッ! 掛かれェッ!」
利三の号令と共に、彼の誇った鉄砲隊はその筒を捨て、各々刀、小刀、槍を持って思い思いに松浦隊に斬りかかった。
その気迫たるや鬼の如しであり、松浦隊も恐れ慄いて引き金も引くに引けずただ斬り伏せられるか引き返し逃れようとするばかりであったという。
それでも、その銃弾は利三の胸元を確かに捕え、その身を大地に倒れ伏させる。
それでも彼の者は最後まで喉奥から掛かれ、掛かれと叫び続け、その武名を最後まで全うしたという。
斎藤内蔵助利三。享年61。明智秀満と並び、光秀の重臣としてこれを支えた巨頭がまた一つ、この世を去ることとなった。
「――そうか。内蔵助が」
「は。また、蒲生氏郷隊に対し決死の防衛戦を展開されておりました酒井殿も、名誉の討ち死にとの由」
「左様か・・・」
光慶は報告を聞きながら、目を伏せる。すでに本丸は解放され、坂本城を囲んでいた摂津和泉隊の殆どが降伏・敗走が決まっており、酒井は討たれるも蒲生隊に対しての反撃の準備も整いつつあった。
それでも、自軍の犠牲の多さに、光慶はここが潮時だ、と判断するに至る。
「細川殿を岐阜に遣わせよ。この戦いを終わらせる、その材料はすでに整っているはずだ。これ以上の継戦は徒に犠牲を増やすのみ。十分な見返りを得た上で、一時休戦としよう」
かくして、2月11日。
光慶が派遣した細川忠興と信雄との間で講和が決まり、信雄側の実質的降伏という形で此度の「文禄の役」は終わりを告げる。
但し、信雄・羽柴勢の全面降伏というわけではなく、今回の戦いで明智方に味方をした飛騨・美濃・尾張・伊勢志摩の勢力の独立(実質的な明智家傘下への移行)を認める一方、近江・和泉・播磨などの信雄方についた諸勢力は引き続きこの領有を許される、という妥協案であった*2。
故に、これは決着ではなく、一時的な休戦に過ぎないであろうことは、光慶も、そして秀吉もまた理解していた。
戦いは続く・・・だが、ひとまずは、明智の名を誰にも縛られることのない偉大なる存在へと押し上げることには成功したのである。
「で、あれば、次なる目的は――」
光慶はある夜、征夷大将軍・足利義昭に仕えているという広信なる男から、彼の主君に関するある「秘密」の提示を持ちかけられた。舞を通して彼に対する弱みを掴んでいた、その結果として。
そしてそれは、光慶が待ち望んでいた真実であった。
そう――彼の父、明智光秀は、14年前、そのとき彼の同盟相手であったはずの足利義昭の手の者によって殺されたというのだ!
「そう、か――」
「良かろう。次は貴様だ、将軍・義昭。貴様を追放し、汚された父の名誉をすべて取り戻す。そうしてこそ、我が明智の名は真に永遠の輝きを得ることとなるのだから」
「――顕如様。尾張殿の遣いの者が来ております」
「なんや、もう尾張を奪われとるんやから、尾張殿っちゅうのも可笑しいやろ。まあええわ。織田家からはワシの息子の嫁にもろとるからな。散々敵対しといて今更虫の良い話ではあるが、ワシらにとっても今の状況が都合が良いのは確かや」
「今こそ――本願寺が戦国最強であること、知らしめてやろうかの」
次回、明智光秀の再演、最終回。
「光慶包囲網」編へ続く。
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