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【CK3】アル=マンスールの一族②:狼王ウマル編・中 アル=アンダルスの覇者(1077-1089)

 

1031年に後ウマイヤ朝が滅亡した後、アル=アンダルスと呼ばれるイベリア半島の南半分は、タイファ時代と呼ばれる混沌の戦国時代を迎えていた。

そのタイファ諸国の1つ、バダホス王国は、アフタス朝の創始者アル=マンスールの孫にあたるウマル・イブン・アルムザッファルの時代に勢力を拡大。エル・シッド率いるカスティーリャ王国軍を撃退し、その領土の一部を奪った他、後ウマイヤ朝の首都クルトゥバも獲得し、首都を移転。トゥレイトゥラ首長国と並ぶアル=アンダルスの二大勢力となった。

だが、急激な拡大の代償として、国内では歪みが生まれつつあった。

カスティーリャ王国から奪ったアビラの支配を盤石にするために、そのアビラのカスティーリャ人領主アントニノからそれを剥奪したことなどをきっかけに、ウマルのバダホス王としての正統性に疑問を持つ勢力が出現。

ウマルが同盟国トゥレイトゥラへの援軍のために兵を出した隙を突いて、王国解体のための決起を起こしたのである。

そしてその反乱勢力の中には、ウマル王が信頼していた王国宰相アベイ、そして王国元帥シル・ベラスの姿もあったことが、ウマルにとってはあまりにも衝撃的な事実ではあった。

 

アル=マンスールの一族の伝説はまだまだ始まったばかり。

ウマルはこの危機をいかにして乗り越え、そしていかなる繁栄をこの後に手に入れることとなるのか。

 

 

目次

 

Ver.1.12.2.1(Scythe)

使用DLC

  • The Northern Lords
  • The Royal Court
  • The Fate of Iberia
  • Firends and Foes
  • Tours and Tournaments
  • Wards and Wardens
  • Legacy of Perisia
  • Legends of the Dead

使用MOD

  • Japanese Language Mod
  • Historical Figure Japanese
  • Nameplates
  • Big Battle View
  • Invisible Opinion(Japanese version)
  • Personage
  • Dynamic and Improved Title Name
  • Dynamic and Improved Nickname
  • Hard Difficulties

特殊ゲームルール

  • 難易度:Very Hard
  • ランダムな凶事の対象:プレイヤー含め誰でも

 

前回はこちらから

suzutamaki.hatenadiary.jp

 

アコラコルの乱

「状況を説明します」

叛乱軍に与し、不在となったアベイに代わり、代理の宰相となったアラーッディンが告げる。

「叛乱軍を主導するのはアル=バシュの領主アコラコル。さらにこれに与同しているのがバタルヨース領主のハマドプラセンシア領主のアベイ、そして「元」王国元帥である、エヴォラ領主のシル・ベラス将軍となります」

「叛乱軍の総数は3,200超。対する我々は同盟国トゥレイトゥラの軍も合わせると5,000弱となり数の上では上回りますが・・・」

「トゥレイトゥラのタイファ、ヤフヤー殿は元よりマユールカーのタイファとの戦争状態にある。我々の助けに入ることは不可能だろう」

差し挟まれたウマルの言葉に、アラーッディンは頷く。

「その通りです。ですので、実質的にはバダホス王国軍2,000のみで叛乱軍と戦う必要があります。幸いにもまだ叛乱軍の足並みは揃ってはおらず、すぐに動けば各個撃破も可能でしょう。

 まずは最も近いプラセンシアから攻めるべきかと」

「うむ・・・」

ウマルは唸る。アラーッディンの言葉に道理があることは、彼も理解していた。

しかし元宰相アベイは、異教徒ながらウマルが信頼し、数多くの助言をもたらしてくれていた男だ。その男がなぜ、裏切るような真似を――。

ウマルはかぶりを振り、雑念を頭の中から追い出した。

今は、余計なことを考えているべき時ではない。指示を出さねば。

「――良いだろう。それで行こう。王国に真なる秩序と平和をもたらすべく、叛逆者たちに鉄槌を下すのだ!」

 

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1077年10月19日。

プラセンシアの地で孤立していたアベイの軍450に、ラフ将軍率いるバダホス王国軍2,000が強襲。プラセンシアの戦いが始まる。

結果は王国軍の快勝。

しかしその間に残りの叛乱軍は合流し、2,000を超える数に。

さらにプラセンシア近郊のトルヒーリョにある丘の上に陣取り、こちらに対する牽制を仕掛けようとしている。

「間違いなく、叛乱軍の指揮はべラス将軍が執っているはずだ」

王国軍を指揮するラフ将軍は、深刻な表情で告げる。

「丘上の敵軍を警戒して時間を失えば、体制を整えたプラセンシア軍が戻ってきて合流し、数的劣勢に陥るだろう。かと言って慌てて攻め込めば、それこそべラス将軍の思う壺だ」

どうするべきか、と思い悩むラフのもとに、伝令が救いの報せを運んできた。

「将軍――トゥレイトゥラより、アル=カニス領主ラワス殿の軍2,000が援軍としてやってきております!」

「何と――トゥレイトゥラのタイファ殿は、自らの軍を向けることはできずとも、配下の軍だけでも寄越してきてくれたというのか。何たる僥倖!

 我らも打って出るぞ。挟み撃ちにしてこれを打倒する!」

 

1078年1月。バダホス王国軍および叛乱軍の主力同士の直接対決となった「トルヒーリョの丘の戦い」。

敵は名将シル・ベラス。そして丘陵での防衛ということでその抵抗は激しく、突撃する王国軍の兵は次々と斃れていく。

しかしそれでもアル=カニスの軍勢も味方につけた王国軍の数的優位は揺るがず。

結果、王国軍は危なげなく勝利。そしてべラス将軍もそのまま囚われの身となったのである。

 

叛乱軍の武力の要であったべラス将軍の敗北は、叛乱軍全体の士気を大きく下げる結果となった。

首謀者のアコラコルはなおも抵抗を続けようとしていたものの、それも1079年に入る頃にはいよいよ限界を迎え、降伏を受け入れざるを得なくなった。

すでにトルヒーリョの丘の戦いで捕えられていたシル・ベラスに続き、その他の反乱者たちも皆、牢に繋がれる形となった。

 

あとは、「戦後処理」である。

 

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1079年1月28日。

クルトゥバの城の地下牢。「その男」の前に、バダホス王ウマルが現れる。

「べラス将軍、このような狭いところに長く留め置かせてしまい、申し訳ない」

声を掛けられた男――シル・ベラス将軍は皮肉気に笑みを浮かべて、応える。

「何、苦など何もありません。囚人とは思えないほどの待遇をして頂いたと理解しております。どうやら戦争は終わったようですね。それで、私の首は見せしめのために都に晒されるのでしょうか?」

「いや――」と、ウマルは応える。

「貴殿を処刑するつもりはない。逆に私は貴殿を解放し、再び我々バダホス王国の剣として、戦ってくれることを期待している」

「何と――?」

べラス将軍はさすがに驚き、目を丸くする。

「一体・・・叛逆者たる私を、赦すというのですか?」

「もちろん、全員ではない。ただ、私はこの国を動かす上で重要だと私が思う存在について、たった一度の『気の迷い』を過剰に責め立てるつもりなどない。

 すでにアベイについても解放し、引き続き王国宰相として力を発揮する依頼し、承諾をもらっている」

「――ああ、もちろん、貴殿の罪はすべてなかったことにするつもりだ。これを何か残るような『借り』にするつもりもないので、安心してほしい」

「――」

しばらく言葉を失い、目を見開いたまま目の前のウマルを見つめるシル・ベラス。

しかしやがて、目を閉じ、そのまま姿勢を正し、ウマルに平伏した。

「――承知致しました。この御恩、我が一族を通し、決して忘れぬことを誓いましょう。引き続き、王国の剣として、この身、この命の全てを、捧げます」

 

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もちろん、ウマルはただお人好しというわけではない。

「有能な」べラス将軍とアベイに対しては温情を見せた彼ではあったが、一方でその必要はないと判断した首謀者のアコラコル、そしてハマドに対してはまずは凄惨な拷問を実施。

策略ライフスタイルの拷問者ツリーの「深淵を覗く」パークを取得しているため、積極的に拷問を実施していく。

 

そして最終的にはその領地を剝奪したうえで首を切り落とし、バダホスの処刑場に晒し、未来の叛逆者たちに対する見せしめを用意することは忘れなかった。

 

その、狡猾さと恐ろしさとを併せ持った君主のことを指して、バダホスの臣民はやがてこの王のことを「狼王(アルディブ・アルマリク)」と称するようになっていく。

拷問と処刑を繰り返し、恐怖を高めていく。この後は拷問者ツリーの「恐怖税」「永遠の悪名」などを取り、強化していく。

 

「先達ての反乱鎮圧、祝着至極」

トゥレイトゥラのタイファ、ヤフヤー・イブン・アッ=ザフィルはそう言ってウマルを労った。父子ほど年の離れた二人なれど、互いの戦争への参戦要求に幾度となく応える中で、二人は「友人」と言える間柄となっていた。

「こちらこそ、またも貴殿には助けられました。アル=カニスのラワス殿の援軍がなければどうなっていたか。むしろマユールカーとの戦いにはお力添えできず申し訳ありません」

「いや何、どのみち独力でも十分に戦える相手だっただけに、問題ない。それに今もまた、我が国で起きた農民反乱への対応に力を貸してもらっているところだからな」

「・・・そういえば、先達てはクルトゥバの大モスクにて大規模な礼拝を行い、我々ムワッラド*1派のカリフを宣言したようだな」

「――ええ。ウマイヤ朝も滅び、我々はもはや中央のアラブ人たちの権威にいつまでも服しているわけにはいきません。我々はこのアル=アンダルスにおいて、独立した大きな樹を作る必要があります」

「その樹に、貴殿がなる、と言うわけだな?」

ヤフヤーは言葉と共に、鋭い視線をウマルに向けた。

ウマルはそれを真っ直ぐと見つめ返す。

「フ――」と、ヤフヤーは笑った。

「7年前、似たような話をしたときと比べ・・・随分と表情が変わったものだ。あのときはまだ、恐れのようなものさえあったように感じるが」

「良いだろう。

 近い将来、我らの間にもまた、未来に向けての道を探るための戦いが、開かれるやも知れぬな。そのときは、精々楽しもうではないか。

 いずれが勝つとしても、やがて来る、我々アンダルシアのイマジゲンの未来のためには、必要な瞬間なのだから」

 

かくして、バダホス王国にとっての最初の大規模な内乱となったアコラコルの乱は終結する。

結果としてこの鎮圧を通し、ウマルは有能な家臣についてはその忠義を厚くさせ、また無能な敵対者についてはこれをこの世から退場させるという、前向きな結果を生み出すことに成功した。

そしてその勢力は更なる拡大を見せ、やがてアル=アンダルス全体を呑み込みうるものとなるだろう。

 

そしてそのとき、ヤフヤーの予言は現実のものとなるのである。

 

 

アル=アンダルスの覇者

アコラコルの乱終結後、ウマルは積極的な勢力拡大策を取った。

まずは半島南西部のイシュビーリヤセビリア)。すでにキリスト教国のガリシア王国がこれを征服しようと兵を出しているため、先に奪い取るべく開戦。

イベリアの闘争の特別ルール「闘争の衝突」を使うと国境で隣接しているすべての州を一度に要求出来てとても便利。その分消費する威信or信仰点も多くなるのだが。

 

やってきたガリシア王国軍を、ベージャの丘にて2倍以上の兵数で蹂躙する。

これを片付けた後、イシュビーリヤ軍の方も1080年2月10日のラブラの戦いで撃破。

これでイシュビーリヤのタイファ、アッバード・イブン・アル=ムウタミドは降伏し、西アンダルス地方もすべてバダホス王国の支配領域に組み込まれることとなった。

 

さらに今度は1081年8月にガルナータグラナダ)に侵攻を開始。

711年のウマイヤ軍イベリア上陸以来アル=アンダルスのイスラーム統治の中心であり続けたこの山岳の城砦は、恐るべき堅牢さでバダホス軍の侵入を阻むも、やがて1082年の6月7日に陥落。

ガルナータもその領地の多くをバダホスに割譲することとなった。

 

だが、ここで問題が発生する。

 

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「――そうか、トゥレイトゥラ軍が」

「ええ」

宰相に復帰したアベイの報告を、ウマルは深刻な面持ちで聞いている。

「我々がガルナータ侵攻を開始すると同時に彼らもまたここに侵攻。ヤフヤー殿自ら率いる軍勢によってただちにハエンを占領しました。そしてそこは、ガルナータとの開戦時に我々が割譲を要求していた地の一つでもあるのです」

「つまり、利権が競合したわけか。ガルナータを降伏させたのは我々であり、彼らとの間に結んだ条約によってハエン並びに周辺のジャイヤーンの帰属が我々にあることは明確化されている。これを盾に、トゥレイトゥラ軍を撤退させることは?」

「試みましたが、回答は明確な拒絶でした。現在はべラス将軍率いるバダホス王国軍がハエンを包囲しておりますが、ハエン城内のトゥレイトゥラ軍守備兵は開城を拒否しており、トゥレイトゥラ軍本隊の接近も確認。間も無く両軍が衝突することが予想されます」

「そうか――」

ウマルはこめかみを抑えた。

いつか来ることは覚悟していた。自分が推進しているアル=アンダルスの統合の速度が、彼らにとって大きな脅威となっていることは理解していた。コルドバに続きグラナダまでも手に入れようとすれば、この反応は自然なものであろう。

いずれにせよ、決着をつけねばならない。どちらがより、このアル=アンダルスの覇者として相応しいのか。それを明確にせねば、両国の指導者の友情もまた、機能させることはできないだろう。

 

「分かった。全軍をハエンに向かわせ、ベラス将軍の指揮下に統一せよ。衝突は必至。敵の出方に合わせ、べラス将軍の指揮の下、適切な行動を取るように指示せよ。

 そしてアベイ。アラーッディンと共にアフリカに向かえ。強大なる敵に対峙すべく、新たな援軍を要請するのだ」

 

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1082年7月末。

正規兵に加え傭兵団2,500を加えた合計5,000超のトゥレイトゥラ軍が、バダホス王国軍が包囲するハエンに接近。

これを単体で迎え撃つのは不可能と判断したベラス将軍はただちに包囲を解き撤退を開始。

そのままシエラネバダ山中にあるアンテケラ要塞に立てこもり、援軍が近づいてくるのを待つ作戦を取った。

さすがにトゥレイトゥラ軍もこれを攻撃するのは至難と判断。進路を変え、平地にあるカブラ城の包囲を開始する。

 

「カブラはどれくらい持ち堪えられそうか?」

アンテケラの要塞からカブラを見下ろしながら、ベラス将軍が副官に訊ねる。

「は。グアダルキビル川を利用した補給も今のところはうまく行っており、あと4ヶ月は持つかと。ただし、敵軍の数がより増え、包囲が厳しくなればその限りではありませんが」

「楽観視はできないな。援軍の状況は?」

「すでにフェス領主ムーアンシルの軍がモロンに待機しております。またマユールカーの軍がマラガに上陸しておりますが、万全の状態となるにはまだ時間が必要そうです」

「良し。それだけあれば問題ないだろう。主要な街道を押さえ、それらの情報がトゥレイトゥラ軍に届けられるのを出来る限り防ぎ、逆に虚報も混ぜよ。所詮奴らも傭兵主体で戦意も不十分。奴らが油断し、包囲軍に疲弊が見えてきたタイミングで一気に攻め込むぞ」

「同盟国軍には合流を呼びかけますか?」

「いや、良い。彼らもまた、その思惑の底を知れぬ油断ならない相手だ。我らが先陣を切って突入することで、主導権を確実に握るのだ。これはアル=アンダルスの覇権を巡る重要な一戦。犠牲を恐れてはならぬ」

 

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10月11日。

カブラの包囲が激しくなり、間も無く陥落しそうだとの報を受け、ベラス将軍はついに突撃を指示。

朝靄が残る早朝に号令を発し、アンテケラ要塞から一気に2,400の兵が山道を駆け下りていく。

首都クルトゥバでも新たに軽歩兵アブラドールを招集し、同時にカブラに到着するよう発進させる。敵傭兵団に重歩兵が多いことを見越しての採用だ。

 

同時にモロンとマラガの両援軍にも伝令を送っており、彼らも慌ててカブラに向け進軍。

最初はもちろん数的不利ゆえに劣勢に陥るが、すぐさまフェス軍とマユールカー軍が加わったことで一気に形勢逆転。

最終的には敵にこちらの3倍近い被害を出させるという、圧倒的勝利を収めることに成功した。

べラス将軍自ら先陣を切って敵兵の多くを屠った他、内乱時に代理の宰相も務めていたアラーッディンも高い武勇を発揮し活躍。多くの敵を討ち倒した。


これが決め手となり、以後はプラセンシアなどで残党を狩りつつ、1083年7月4日にハエン(ジャイヤーン)の砦も陥落させる。

これが決め手となり7月6日。一時代を築き上げたトゥレイトゥラのタイファ、ヤフヤー・イブン・アッ=ザフィルは降伏を認めざるを得なくなった。

さらに自らバダホス王国に「臣従」することまで認め、かつてバダホス王国台頭以前はアル=アンダルス最大の勢力であったこのトゥレイトゥラは、「アル=アンダルスの覇者」の座を、若き新鋭に託すことを明確に宣言したのである。


そして、1084年9月12日。

ウマルの三男ムハンマドが成人し、婚約していたヤフヤーの娘・タクリトとの結婚式が開かれる。

ウマル主催で開かれたその結婚式は実に盛大な形で執り行われ、列席したバダホス王国の廷臣達は皆、その威容と壮大さからバダホス王の富と実力を思い知り、王国への併合に不満を持っていた一部のトゥレイトゥラの廷臣たちもまた、その運命を受け入れざるを得ないことを存分に理解することとなった。

 

「――これで、儂も安心して天国へ逝けるな」

喧噪の中、式場の一角で、花嫁の父・ヤフヤーはウマルに語り掛ける。

「何を仰いますか、ヤフヤー殿。まだまだ貴殿には長生きしてもらわねば。アル=アンダルスの最大勢力になったとはいえ、まだまだ残存する小勢力や、北のキリスト教国とも渡り合わねばならぬのですから」

「いや――現実として、儂はもう、長くはない。嫡男のイスマーイールを早くに亡くし、後継者たる孫のアル=カーディルはまだ若い。このままトゥレイトゥラを独立したまま継承しても、その後の不安は大きいものがあった」

「こうして信頼に足る同胞に託せるのであれば、思い残すことはない」

しんみりとした口調で語るヤフヤーに、ウマルも何も言葉を返すことができず、しばし二人の間には沈黙が漂うこととなった。

「・・・ウマルよ、お前はなぜ戦う」

やがて、口を開いたヤフヤーに問われ、ウマルは少し思案したのち、応える。

「――あまりしっかりとは考えたことはなかったですね。ただ、ウマイヤ朝が崩壊したのち、混乱に陥り、座して待てば北のキリスト教国や南のアフリカの勢力によって食い物にされかねないこの半島の我々イマジゲンを護るべく・・・といったところでしょうか」

「そうだな・・・それが一番、正しいのだろう。そしてそれは実に偉大で、果たすべき目的だと儂も思う。

 だが、今貴殿が思わず口にしたように・・・それは結果であって、きっかけではない。貴殿は何か、『自分の意思とは違う何か』によって突き動かされるままに、ここまで来たのではないか?」

ヤフヤーの言葉に、ウマルは再び沈黙する。しかし彼の言いたいことは、よく分かった。

「――儂の物語はここまでだ。ウマル、以後は貴殿と、そして貴殿の子らによる物語が、紡ぎ出されていくこととなるだろう。

 それはアッラーの導きによるものなのか、それとももっと何か邪悪なものの存在によるものなのか・・・いずれにせよ、儂は天国でそれを楽しく眺めさせてもらうぞ」

フ、と笑うヤフヤー。そして彼は杯を掲げた。

ウマルもそれに倣い、杯を掲げる。

 

「――良いでしょう。私は私の物語を紡いでいきます。それはきっと、貴殿のみならず、多くの未来の民にとって、何かしら必要なものとなるのでしょうから」

 

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1086年11月29日。

戦乱の時代を生き抜いた偉大なるタイファ、ヤフヤー・イブン・アッ=ザフィルは63年の生涯を終え、天寿を全うした。

ウマルはクルトゥバでこの英傑の盛大なる葬儀を主催し、そこにも数多くの――トゥレイトゥラ臣民のみならず、バダホスの――臣民達が集まり、その偉大なる魂の消滅を嘆き悲しんだ。

 

そして1089年8月17日。

度重なる戦乱を経たのち、ウマルは再びグラナダを陥落させ、ついにアル=アンダルスの完全平定を成し遂げる。

さらに彼は、アフリカから渡ってきた自分たちベルベルの文化が、このアンダルスにて土着の文化と混ざり合い、新たな独立した存在へと昇華しつつあることを確認。

ここに、新たなる文化「イマシゲン*2」文化が生まれることとなる。

土着のイベリア文化を受け入れ、アフリカのベルベル文化(バラーニス)からは独立することを宣言した。史実のベルベル人たちはアラビア化することを受け入れたが、ウマルを中心とし、アル=アンダルスを平定することに成功した彼らは自らの誇りを強くもち、ベルベル語を継承し続けることを選択したのである。


かくして、ウマルとその一族は揺るぎない栄光と名誉を手に入れた。

 

いよいよ、彼らはその「伝説」を生み出すべきときが来たのである。



第3話、「伝説の誕生」へ続く。

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過去のCrusader Kings Ⅲプレイレポート/AARはこちらから

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ゾーグバディット朝史(1066-1149):北アフリカのベルベル人遊牧民スタートで、東地中海を支配する大帝国になるまで。

 

 

 

*1:Wikipediaの記事によると、アラブ人の男と非アラブ人の女から生まれた子供のことを意味する言葉。

*2:ベルベル人たちの自称であるアマーズィーク(アマジグ)の複数形「イマジゲン」のイベリア語における発音。誇りを持った彼らは自分たちの自称をしっかりと歴史に遺し、その名が継承されることとなった。