リストリー・ノーツ

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【Vic3】フランシア博士の夢・後編 夢を継ぎし者(1869年~1896年そして・・)

 

南米で最も早く正式な独立を達成した国、パラグアイ。

その統治の序盤において大きな影響を及ぼしたのがホセ・ガスパル・ロドリゲス・デ・フランシア博士。しかし独裁的な権力を握り先進的な改革を進めていった彼は1836年10月に志半ばで死去。

その後のクーデターによって実権を握り、初代大統領となったのが軍部出身のカルロス・アントニオ・ロペス将軍。フランシア博士同様に終身独裁の権力を得た彼の下、パラグアイは軍備の増強を着々と進めていく。

そして1862年末。ロペス大統領の指揮の下、パラグアイは真に自立した強大国になるという「夢」を果たすべく、隣国アルゼンチンに対する侵略を開始。

2度にわたるこの「アルゼンチン戦争」の結果、1869年にはブエノスアイレスを除くアルゼンチン全土の併合を果たすことに成功した。

これは、「夢」の実現に向けた大きな一歩となったことは間違いなかった。

しかしその直後に、その躍進を支えた英雄ロペス大統領が死去。

果たして、この国は引き続き、「夢」の実現に向けて迷いなく突き進んでいくことはできるのか。

それとも、今なお立ちはだかる幾多もの障害を前にして、史実と同じく苦難に満ちた運命を歩むこととなるのか。

 

故・フランシア博士が夢見たパラグアイのあり得たかもしれない歴史の物語、ここに完結する。

 

Ver.1.5.12(Chimarrao)

使用DLC

  • Voice of the People
  • Dawn of Wonder
  • Colossus of the South

使用MOD

  • Japanese Language Advanced Mod
  • Visual Leaders
  • Universal Names
  • Historical Figures
  • Japanese Namelist Improvement
  • Extra Topbar Info
  • East Asian Namelist Improvement
  • Adding Historical Rulers in 1836
  • Interest Group Name IMprovement
  • Western Clothes: Redux
  • Romantic Music
  • Cities: Skylines

 

目次

 

前編はこちらから

suzutamaki.hatenadiary.jp

 

1870年代:バエスの時代

偉大なるロペス大統領の後継者を誰にすべきか――その問題に対する答えは、民衆の間ではほぼ決まっていたとさえ言える。

それは、ロペス大統領の嫡男にして、先のアルゼンチン戦争においても前線で類稀なる活躍を果たしてみせた英雄フランシスコ・ソラーノ・ロペス。彼がそのまま父と同じ終身大統領の地位を継承したとしても、軍部はもちろん多くのパラグアイ国民においてもこれを問題視する者は殆どいなかったであろう。

だが、これに待ったをかけた者たちがいた。

先のロペス政権を経済面にて大きく支え、以後も特権的な立場を与え続けられたこともあり、影響力を際限なく拡大。

現在の政権を実質的に支配していると言っても過言ではない存在となった、実業家集団である。

 

「――かくの如し、先代のロペス大統領は特例中の特例にて、憲法を改正し、一代限りの『終身大統領』たるのとを認められた。それは確かに正しき選択であり、大統領の力によってこの国は間違いのない繁栄を享受できたものの、それを定例のものとして継承すべきものではない、と判断致します」

そう言って、召集された閣僚評議会にて鋭く発言したのは、マヌエル・カバリェロの後継者として現在の実業界を実質的に取り仕切っていた男、ラファエル・バエス

彼は先のアルゼンチン戦争においても多額の支援をロペス大統領に行い、信任を得ており、その代償として占領地の1つトゥクマンにて「トゥクマン貴金属」という企業を設立し、その採掘権と販売権をほぼ独占することも認められていた*1

「よって、新大統領の選出に当たり、適正に大統領選挙を行うことを提案致します。如何に?」

バエスの言葉に、評議会に参加していた閣僚たちは次々と「意義なし」「同意」を重ねていく。列席していたフランシスコ・ソラーノ・ロペス将軍も、不本意ながらも同意せざるを得なかった。

「ありがとうございます。それでは、その選挙の為の制度ですが・・・一部の帝国主義国家で採用されているような、無際限の選挙権付与は望ましいものではないでしょう。公平な選挙を心掛けるとは言え、適切に判断しうる一定以上の社会的地位は必要不可欠な条件であり、その為に相応の財産制限を設けることを提案致します」

バエスの言葉と共に提示された財産基準を目の当たりにし、さすがにロペス将軍は異議を唱えた。

「バエス殿、さすがにそれは不公平が過ぎるのではないだろうか。貴殿らが示す基準は、選挙権を持ちうる者がかなり限られた高所得者層に限られることを意味する。それは即ち、君たち資本家勢力にほぼ限定されると言っても過言ではない。言葉を選ばず言えばこれは、民主主義に名を借りた貴殿らへの利益誘導政策ではないか?」

将軍の言葉は、しかし室内に虚しく響いた。円卓を囲む殆どの評議員が、将軍を冷ややかな目で見つめる――平時より資本家たちを支持基盤とする者のみならず、軍人出身の評議員でさえも。

ことここに至り、ロペス将軍はすでに自分が敗北しているということに気がついた。もはや多くの軍人さえも、バエスら実業家集団に懐柔されていたということに。

「懸念は分かります、将軍。ただ、我々にとっても初めてとなる大統領選挙です。やがて状況を見て少しずつ民主的な改革を行うことを前提とし、まずは限定された選挙権にて行うことが肝要かと思います」

バエスはあくまでも丁寧に、将軍に語りかける。将軍ももはやこれに抗することはできず、決定を受け入れざるを得なかった。

 

かくして、パラグアイ初となる選挙制度が制定され、その最初の選挙が1873年に行われることが宣言された。

発表されたその選挙権の制限について国民の一部は不満を募らせ、労働者階級を中心に普通選挙を求める運動が勃発するも、これはすぐさま政府の憲兵によって取り押さえられ、鎮圧。

そして1870年1月6日。この国最初の大統領選挙の結果、バエスが党首を務める自由貿易党が圧勝。

ロペス大統領死後、臨時の大統領を務めていた元副大統領のファクンド・マチャインに代わり、バエスがこの国の正式な第2代大統領として就任したのである。

 

そして彼は、大統領就任後すぐさま、その野心を現実のものとする政策を打ち出した。

それは即ち、先達てのアルゼンチンに続き、隣国のチリに対する侵攻である。

アンデス山脈の向こう側に位置するこの小国にもまた、豊富な金に加えて石炭、硫黄そして鉛といったパラグアイでは自給が難しい希少資源が多く眠っており、これらの採掘権を得ることで、バエスら実業家集団が更なる力を持つことは間違いがなかった。

もちろん、それはひいてはパラグアイ自身の繁栄を目指す上でも重要であり、軍部を率いる役目を持つロペス将軍としても、バエス個人に対する感情はともかく、賛同しない理由のない政策ではあった。

 

「だが、英仏を始めとする列強の動きはどうするつもりだ? 先のアルゼンチン戦争では事前に裏取引があったのは把握しているが、今回はそうではないだろう?

 これまではともかく、これ以上のパラグアイの拡大と自立を、奴らも望んではいないはずだ。介入される危険性があるのでは?」

至極尤もな将軍の言葉に、召集された評議員たち――当然、前回以上にバエス派の人間ばかりが揃っている――も、上座に座るバエス大統領に不安気な表情を向けざるを得なかった。

しかし、彼らの視線を迎え入れたバエスは、平然とした表情を崩さず、自信たっぷりに応える。

「ええ、将軍のご不安も理解できます。ただ、ご安心ください。その点については抜かりなく。まずイギリスについてですが、すでに我々のチリ侵攻についての同意は得ております」

「何――? いつの間に? どのようにして?」

将軍の質問には応えず、バエスは続ける。

「そしてフランスについてもまた、ご不安には及びません。彼らは間も無く、新大陸に目を向けることのできる余裕は、なくなってしまうでしょうからね」

 

バエス大統領のその言葉は間も無く現実のものとなる。

 

 

1873年8月。フランスがチュニジア及びシナイ半島獲得を目指し、オスマン帝国に対して宣戦布告。それだけなら問題なかったのだが、ここでまさかのオーストリア帝国がオスマン帝国側についたことにより、思いがけぬ列強同士の総力戦が繰り広げられようとしていた。

この裏ではイギリスの外交部が糸を引いていたと噂されるが、いずれにせよこれで、欧州の列強諸国はバエスの言葉通り、新大陸どころではなくなった。

そしてバエス大統領曰くイギリスも同じく動かない確約を得ているということで――翌1874年1月、パラグアイは隣国チリに対し、その全領土割譲を要求。

チリはすぐさま諸外国への支援を要請するも、ボリビアもウルグアイもブラジルの関税同盟下に入っており、そのブラジルがパラグアイとは友好関係にある以上、味方は皆無に等しかった。

最終的に1874年5月20日。チリはサンティアゴの割譲を条件に降伏。

パラグアイは戦火を交えることなくチリ最大の都市を獲得することとなった。

この「成果」を受けて、バエズに対する支持はさらに拡大。

1876年の第2回選挙でも勝利し、その再選が果たされることとなった。

1879年には停戦が明けたチリに再度要求を突きつけ、今度は全ての要求を一次要求に据えたことで、強制的に開戦。

翌年2月には全土制圧し、チリもあえなく降伏。

その全土の併合を果たし、パラグアイはブラジルと並ぶ南米最大級の国家へと成り上がったのである。


そして、バエス政権は新たな局面を迎える。

 

 

1880年4月、イギリス南南米植民地首都ブエノスアイレス・総督府。

パラグアイ大統領ラファエル・バエスはこの地を訪れ、イギリスの首相スペンサー・ラムスデンとの会談の場を設けていた。

「首相自らこの南米の地にお越しになれるとは、恐縮で御座います」

バエスは平伏するかの如く低姿勢で英国首相を出迎える。それにラムスデン首相も鷹揚に笑い応える。

「いやいや、折角の戦勝祝い、私もこの口で直接伝えたくてね。それに、我々の新たな『市場』となるこの南南米の地を直に見ておきたいという思いもある」

両者は軽い握手を交わした後に、それぞれの座席に腰をかけた。

「――さて、大統領。早速ではあるが、今回の貴国の勢力拡張を黙認した代償としての我々の提案については、受け入れの準備は整っておりますかな?」

「ええ。もちろんです、閣下。この話は我々にとっても利益の大きい話。断るわけは御座いません。即ち、既存のブラジル関税同盟を抜け、英国のそれに加わるという提案は」

「とは言え」

と、バエスは続ける。

「この決定に、ブラジルが難色を示すことは間違いないでしょう。これまで我が国とブラジルとの間には、長い同盟関係が構築されていた。それを反故にするということで、彼らは我々を驚異的な隣国とみなすやもしれません」

「そうでしょうな」

ラムスデン首相は頷く。

「で、あればこそ、我々のこの新しい同盟が生きてくる。我々にとっても、今や我々の保護下を抜けようとするブラジルは、良き同盟相手とは言えぬ。だからこそ、私たちは貴国との新たな同盟を選んだ。もし彼の国が貴国を脅かそうとする素振りを見せれば、すぐさま我々が軍事支援を提供することを約束しよう」

首相の言葉に、バエスは満足気に頷く。

が、ラムスデン首相はそこで表情を固くし、付け加えた。

「ただし、それはあくまでも、貴国がブラジルとは異なり、我々と価値観を共にする真の同盟国であることが条件だ」

首相が言わんとしていることを、バエスは当然、理解していた。

「奴隷制の廃止、ですね」

「うむ」

ラムスデンは首肯する。

「ブラジルは表面上はこれを禁止しながらも、未だに隠れてこの野蛮なる政策を継続している。彼らは我々の良きパートナーとはなり得ないだろう。もし、パラグアイの大統領よ、貴国が真に我々の同胞たらんとするならば、分かりますな?」

バエスは頷いた。もはや、後戻りは効かぬ。彼はこの国の守旧派を全て駆逐し、この国を新たな段階へと進める決心を固め、口を開いた。

「良いでしょう。貴国の要望に従い、我が国の奴隷制度の廃止、そしてブラジルの関税同盟を抜け、貴国の関税同盟に入ることを約定致しましょう。これよりは我らは運命共同体。共に繁栄を目指しましょうぞ」

二人は再び固い握手を交わした。今度のそれはしっかりと固く握られ、双方が真に信頼に足るパートナーであることを確認し合った。

 

会談の後、約定通りにパラグアイはブラジルのそれを抜け、イギリスの関税同盟に加入。

イギリス製の製品が大量にパラグアイ市場に入り込む一方、これまでとは比べ物にならない膨大な市場にパラグアイの工業製品も流れ込み、一部の資本家たちに莫大な利益をもたらすこととなった。

そして、もう1つの約定である奴隷制の廃止についても、同様に動き出す。いずれにせよこれは、バエスら資本家勢力にとっても必要なことだと判断していた。

問題は、この政策により更なる打撃を与えられる地主層と手を組む軍部を、完全に怒らせることである。

 

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「いかなることか、バエス。我らを完全に敵に回すつもりか」

大統領官邸の執務室に怒鳴り込んできたロペス将軍を、バエスは驚いたような表情で迎える。

「我々、とは、コロラド党のことを指しておりますか?」

コロラド党――その正式名称を国民共和協会と称するその政党は、地主やカトリック教会を支持基盤とする保守政党であり、バエス率いる自由貿易党と対立する存在であった。そしてロペス率いる軍部もまた、原則としてこのコロラド党を支持していた。

「もちろん、私の政策は、コロラド党の中核を担う土地貴族たちの勢力を減衰させるためのものではあります。彼らはパラグアイの繁栄のための改革の抵抗勢力に過ぎない。より改革を進め、国家を繁栄させるためには、早々に退場してもらわねばなりません。

 ただ、将軍。我々はあなた方軍部を敵に回すつもりはございません。どうでしょうか。先のチリ戦争の如く、更なる拡大と繁栄の為に、改めて我々と手を組みませんか。もちろん、これを受け入れてくれれば、次の大統領として将軍を推薦させて頂くつもりも御座います」

柔和な笑みを浮かべ、将軍に語りかけるバエス。

しかしロペスは、表情を崩すことなく、バエスを睨みつけたまま問いかけた。

「私も何も、奴ら貴族勢力と運命を共にするつもりはない。だが、一つだけ聞かせろ。

 イギリスーー奴らの関税同盟に加入している現状を、今後はどうするつもりだ?」

「もちろん」

と、バエスは即座に切り返す。

「引き続き、彼らとの経済的結びつきは継続していくつもりです。それがこの国の繁栄に欠かせない要素ですので」

「では、破談だな」

ロペスは吐き捨てる。バエスもある程度予想していたのか、笑みは消したものの驚いた様子はない。

「我々の――フランシア博士の夢は、帝国主義国家からの経済的支配を脱し、自立を図ることだ。にも関わらず、貴様は英国の経済的隷従下に置かれることを良しとしている。それは私には受け入れ難いことだ。誇り高き我々パラグアイは、帝国主義国家と並び立つことはあっても、隷属するつもりはない」

「そうですか。それならば仕方ありません。いずれにせよ、もはやコロラド党は恐るるに足らず。今、あなた方軍部が政権を離れようと、我々にとっては痛くも痒くもありません。もしも軍部が反旗を翻すのだとしても、その時は英国の軍隊の力を借りて鎮圧させてもらいますからね」

ククク、と再び笑みを浮かべながらバエスが語る。

そのバエスに向けて、ロペスは最後に言い放ち、執務室を後にした。

「他者に依存する繁栄など、想像以上に脆いものだということを、すぐに知ることになるだろう。我々が栄光ある自立を求める意味、思い知るが良い」

言葉と共に閉められた扉の向こうで、バエスがどのような表情を見せていたのか、ロペスに知る由はない。

しかしいずれにせよ、ロペスは自らの手で、フランシア博士、そして父の「夢」を継承しなければならないと、強く確信していた。

たとえその先が、険しい道のりになろうとも。

 

そして、激動の1880年代を迎える。

 

 

1880年代:夢を継ぐ者

1880年6月2日。

一人の女性が、サンタフェの港町サラテに降り立っていた。

彼女の名はドロテア・ソフィア・ルーデンドルフ。母国たるプロイセンにて民主主義運動を展開し支持を集めつつも、当局によって弾圧され、亡命を余儀なくされた活動家であった。

彼女はすぐさま、パラグアイの民衆に受け入れられていった。パラグアイの大衆は、自分たちが理想と思うロペス将軍ではなく、限られた人たちだけの密室投票で選出された今の大統領を不満に思い続けていた。

バエス大統領の資本家重視政策は確かに国家に繁栄をもたらしたかも知れない。だが、純粋な「パラグアイ人」以外も非常に多くなった現在の「パラグアイ国民」一人一人にとっては、その繁栄の恩恵に与れていると感じられる人は決して多くはなかった。特に下層民、労働者たちにとっては、その産業の発展は彼らの生命の危険にさえ及んでいた。

故に、ルーデンドルフ女史の訴える普通選挙の実現は、彼らの悲願でもあった。彼らは新たに「急進党」という政党を結成し、自由貿易党やコロラド党による支配体制に楔を打ち込もうとしていた。

もちろん、現行の選挙制度が継続する限りにおいて、彼ら労働者勢力を中心とした急進党では現実的な変革を求めることは難しい。

ルーデンドルフは国内で差別され、そもそも選挙権も与えられずにいるグアラニー人たち被差別身分の者たちをも巻き込み大規模な運動を展開。選挙に依らない実力行使による社会変革を求める運動へと変わりつつあり、新たなこの国の不穏の種となりつつあった。

 

「――どうするんだ? バエス。我々が征服したチリ南部のアラウカニア州を中心に、また暴動が発生しているという。国民衛兵によって鎮圧を試みてはいるが、正直手に負えないぞ」

3選以上が禁止されている現行の憲法を遵守し、バエスに代わり新たな大統領となっていたルイス・イラサバルは、慌てたようにして同僚の意見を求めた。彼が党首を務める青の党は、現在自由貿易党と連立を組み、共に政権を担う立場にあった。

「問題ない。彼ら急進主義者たちは我々だけでなく野党のコロラド党をも一緒くたになって批判している。そして彼らが求める普通選挙は、コロラド党の貴族連中にとっても認めがたいものであろう。我々が直接手を下さずとも両者は潰し合い、我々を脅かすような状況にはならんよ」

「そ、そうか・・・」

バエスの言葉に、ほっとした表情を見せるイラサバル。大統領とは言え、実質的な権力はバエスが変わらず握っており、彼は殆どバエスの傀儡のようなものであった。

「かつてと比べれば労働者たちも力を増してきたとは言え、まだまだ恐れるに足らぬ。むしろ10年前と比べても、我々実業家集団の力はより拡大してきている。君たち知識人層も順調に成長してきており、間もなく軍部をも追い抜く程であろう」

バエスは手元のワイングラスを掲げ、イラサバルに向ける。

「我々の政権は盤石だよ。万が一、何か騒動が起きたとしても、同盟国イギリスが我々を助けてくれる。つい最近も彼らは、極東の島国に開国を要求する文を出したと聞いている。中国に続き、彼らの経済圏はさらに拡大し、同時に我々の経済もより豊かに繫栄していくであろう」

新バージョンで、AIがより積極的に日本の開国を求めるようになった。

 

「そ、そうだな・・・」と、イラサバルもワインの注がれたグラスを掲げ、バエスと乾杯を交わそうとした。

そのとき。

 

コンコンコン。

執務室の扉が叩かれる音。それは耳障りな程せわしい感覚で打ち鳴らされ、バエスは露骨に不機嫌な表情を見せた。

「何だ、急ぎか?」

まるで自分が部屋の主であるかのように問いかけるバエス。失礼します、という声と共に、焦りを顔一面に浮かべたイラサバルの秘書が入室してきた。

「大統領、たった今入った情報です。

 イギリスが――内紛に見舞われました。大英帝国軍の主力が極東に軍を差し向けている隙を狙い、国内で共和派の急進主義者たちが一斉に蜂起したとの由」

「な――」

イラサバルは絶句する。口を開けたまま、視線だけをバエスに向ける。

当のバエスはすぐさまその秘書を睨みつけ、尋ねる。

「大英帝国軍の主力が極東に、とは言うが、その極東の島国なぞ大した敵ではなかろうに。鎮圧のための部隊は十分に残せているのではないか?」

「それが・・・その極東の戦争では、敵側にロシア帝国も付いたことで、戦線は膠着。ロシア艦隊の襲撃によって、本国と極東とを結ぶ海路も多くが遮断されているようで、我々も容易に正しい情報を収集することができない状況にあります」

「何だと・・・」

さしものバエスも狼狽えた様子を見せ、唇を噛む。

「ただちに市場の状況を確認しろ! イギリスからの輸入品が枯渇し、市場は混乱するはずだ。国内生産に切り替え、逆に武器弾薬の調達を急げ。我々も対岸の火事ではないぞ!」

 

しかしバエスの指示も空しく、すでにイギリス市場は崩壊を開始し始めており、一時期は20万ポンド近くにまで上昇していたパラグアイのGDPも一気に急落。

これを受けて、バエスを支持していた国内の資本家勢力も、その指導力に対し疑問を持ち始める。

それはイギリス王国軍が、共和派反乱軍に対し劣勢であるという情報が入ってきたことで、決定的な流れとなりつつあった。

 

 

1885年5月18日。

アスンシオン市内、青の党本部に、1人の来客があった。

「まさか将軍が我々の元にお越し頂けるとは、思ってもおりませんでした」

それはフランシスコ・ソラーノ・ロペス将軍。現大統領バエスと対立し、政権を追われながらも――むしろそれ故に――今なお国民からの人気が絶大な「英雄の息子」である。

「私としては君のようなものがここにいることの方が驚きだがね、バエス殿」

ロペスは自身を迎え入れた青年を見やり、皮肉気な笑みを浮かべた。その青年の名は、セシリオ・バエス。かのバエス大統領の甥にあたる人物だが、彼もまた、この青の党に所属していた。

「確か今はアスンシオン国立大学に在学中だったか?」

「ええ、法学と社会科学を学んでおります」

「その君が、こんなところで政治家ごっこか。伯父上は今苦境に立たされているとは言え、実業家への道も十分に開けているだろうに」

ロペスの言葉に、青年バエスも鋭い視線を返し、答える。

「確かに伯父の権力と財力によって、今の私の地位が御座います。それは否定はしませんが、手に入れた見識を私はこの国が正しく進む為に用いたいと思っております。

 今のこの国の未来は、伯父の舵取りの上では成り立ちません」

「で、今度はあのドイツ女の口車に乗って革命を起こすつもりか?」

ロペスは笑みこそ消したものの、皮肉な響きは残したまま尋ねる。現政権の斜陽に合わせ、バエス大統領と歩調を合わせていた現党首イラサバルに対する党内の支持は急速に落ち込んでおり、代わりにルーデンドルフ女史の主張に共感する一派が青の党内で勢力を増してきていることを、ロペスも把握していた。そして目の前の青年こそが、その一派の中心に立っていることも。

しかし青年バエスは親子どころか祖父孫の差さえありそうなこの偉大なる将軍に怯むことなく、対峙する。

「我々は西欧に隷属するつもりはありません。経済的にも、思想的にも、です。我々は誇り高きパラグアイ人として、かのフランシア博士の夢を継承するつもりでおります」

ほう、とロペスは声を漏らす。そのまま無言で続きを促した。

「我々はかつてと比べ、その領域は広大で、そして民族も実に多様です。かつて我々は、ラプラタ人と呼ばれていました。しかし、今や我々はパラグアイを名乗り、民族の垣根を超えた存在となるべきです」

「それは、やがて、この南南米の新たなる統一国家の名称となるでしょう。そこには差別もなく、暴力もなく、自由と平等、そして子どもたちへの適切な教育がもたらされるような国家が残されているべきです。もちろん、諸外国からの支配を脱却した、完全な自立国家として、ね。

 それが私の目指す、新たなるパラグアイの夢です」

「フン・・・」

青年の語る理想に鼻を鳴らしながらも、ロペス将軍の表情からはすでに警戒心は消え去っていた。

「良いだろう」

ロペスは頷いた。

「既に、軍部の主要派閥の意見はまとめてある。あとは私の決断次第であったが、それも決した。我々軍部は、以後君たちの青の党を全面的に支持することを表明する。現政権を打倒し、この国を正しき道へと進めよう」

それは歴史的な事件であった。故カルロス・アントニオ・ロペス大統領以来、この国で絶大な影響力を誇ってきた軍部が、その息子にしてカリスマ的指導者フランシスコ・ソラーノ・ロペス将軍の下、団結して左派政党・青の党を支持することを表明したのである。

このことが次の大統領選挙に与える影響は計り知れないものがあった。今なお大統領の地位にはついているものの党内四面楚歌状態にあったイラサバル大統領は、(当然バエス大統領指示の下)新たにロシアの関税同盟に入ることなどを提言し、経済回復を公約に掲げるも、その信頼は既に失しており、資本家勢力からでさえも支持は集まらない状態であった。

さらにルーデンドルフ率いる社会民主党――急進党より改称――勢力は、この青の党への接近を試みるも、青の党側はこれを拒否。一部の勢力が暴徒化し、有権者である都市部住民を中心に批判も高まりつつあった彼らとの合流は得策ではないと判断し、単独で選挙戦に臨んでも勝利できると踏んだが故であった。

何より、彼らには「英雄」ロペス将軍がいた。青の党は党内選挙を実施し、圧倒的賛成の下、このロペス将軍を新たな党首として据えることを決定。

そして1889年1月。

熾烈な選挙戦を制した青の党が見事第一党を獲得。

ここに、かのロペス大統領の正当なる後継者である第4代大統領フランシスコ・ソラーノ・ロペスが誕生したのである。

 

だが、これで万事うまくいくわけではない。

むしろ、ここからが彼の本当の試練であった。

 

すなわち、南南米をパラグアイと二分する勢力となったイギリス共和国。

 

彼の国との決戦が、目の前に迫りつつあった。

 

 

1890年代:自由への戦い

イギリス共和国大統領アベル・ミットフォードから会談の場を持ちかけられたのは、ロペスの大統領就任からわずか数ヶ月後のことであった。

場所は最初、共和国領ブエノスアイレスにて行われる予定だったが、双方の調整の末にその近隣のパラグアイ領サラテの領事館で行われることとなった。かのルーデンドルフ女史も上陸した、国際的な貿易港である。

ロペスがノックの後、扉を開けると、先に中で待っていたイングランド人が、やおら立ち上がりロペスを出迎える。

「お初にお目にかかります、将軍。お噂はかねがね。偉大なる英雄であると聞いております」

「こちらこそ、ミットフォード閣下。若くしてかの巨大なる帝国にて、新たな歴史を作り上げた偉業は感嘆するほかありません」

「ハッハ、将軍ほどの御方にそのように言われるとは、実に光栄ですね」

高らかに笑うミッドフォード。しかしその目は笑っておらず、こちらを値踏みするかのように見据えられていることに、ロペスは気づいていた。

「さて、将軍、本題ですが、この度見事な政権交代を果たしてみせた貴国と、歴史的な革命を成し遂げた我が国ではありますが、その関係は引き続き親しい間柄として、継続していくことを望んでおります。いかがでしょうか」

ミッドフォードの言葉に、ロペスは暫しの沈黙を用意する。もちろん、彼の結論はすでに決まっていた。

「そのことですが、閣下。ご存知の通り我々も状況は変わってきております。ここは一つ、関係性のあり方にも多少の変化が必要かと思いますが」

「そうですか。具体的には、どのような?」

ミッドフォードの言葉はやや鋭くなる。だがロペスは怯まずに続ける。

「これまでのような関税同盟という形ではなく、対等な貿易協定の形に留めるのはいかがでしょうか。我々も今や南米の小国ではなく、ブラジルと並ぶ世界の主要国の1つになっていると自負しております」

「そこまで貴国を助けてきたのは我々だということは、理解して仰っておられるのでしょうか」

柔和な笑みを崩さぬまま、ミッドフォードは冷たく言い放つ。

「もし、我々がかつての共和制フランスのように、革命のるつぼの中で生じた短命の小政権だとお考えになっているのであれば、認識を改めるべきです。すでに国内の混乱は沈静化しており、旧帝国海軍も陸軍も、今や連邦共和国の傘下となり以前と変わらぬ威容を誇っております。味方にしておく方が、よっぽど貴国の利益になると思いますが?」

「いえ、遠慮しておきます」

ロペスもまた口元だけ笑顔を作り、かぶりを振った。

「我々は我々の手で自ら自由を掴み取る。遠回りもしてきましたが、それだけは決して譲れない道なのです」

「――そうですか」

ミッドフォードは小さく息を吐いた。既にその表情から笑みは消えていた。

「それでは、我々の関係はこれまでですね。とても、残念です」

 

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アスンシオンに戻ったロペスは、すぐさま軍部に指示を出し、軍備の拡張と防衛設備の増強を図り始めた。イギリスも大義名分のない戦いを、すぐに仕掛けられるとは思えない。それでも、いつ攻められても良いように、早急にそれを準備せねばならない。

そして、共に戦う同胞の存在も。

「バエス博士、頼まれてくれるか?」

ロペスの言葉に、若くして外務大臣に就任していたセシリオ・バエスが頷いた。彼はこの春、法学の博士号を取っていた。そのまま教鞭に立つ選択肢もあったが、彼は将軍について政治家としての道を歩むことを決断していた。

「任せて下さい。どこに行くべきでしょうか」

バエスの問いに、ロペスは応える。

「イギリスに対抗しうる国家はたった一つ――フランスだ」

 

フランス。45年前にオルレアン朝による七月王政が崩壊したのち、長らく第二共和政を続けていたこの国も、5年前、イギリス同様に内部の革命に巻き込まれ、現在はナポレオン5世ことナポレオン・ヴィクトル・ポナパルトが治める第二帝政が始まっていた。

そのフランスの首都パリに訪れたセシリオ・バエスは、その若さに似合わぬ博識さと聡明さによって皇帝を魅了し、イギリスとの対決の際には助力することを約束してくれた。

 

「ただし」とナポレオン5世は条件をつける。

「1つ目は、仕掛けるならばイギリスが混乱しているときを狙うこと。2つ目はシエラレオネの地をフランスとしては求めており、その獲得を講和条件に必ず入れること。そして3つ目は」

と言ってナポレオン5世はバエスの目を覗き込む。

「貴国の土地がイギリスの兵によって傷つけられることを受け入れること。我々は助力はするが、一方的に全てを担うつもりはない。貴国が自らを犠牲にし、傷ついているそのとき、我々はイギリスを背後から撃つ。君たちは犠牲を受け入れられるか?」

バエスの伯父が選んだ道であれば、この国が傷つくことはなかったかもしれない。

バエスやロペスが進む道は、自国を犠牲にしてでも、栄光と誇りを手に入れようとする試みである。

それでも、バエスは頷いた。

「受け入れます。たとえ世界の全てを敵に回してでも、パラグアイは隷従を拒否し、戦うことを選ぶ。我らが大統領はすでにそのように決意をしておりますので」

バエスの言葉に、ナポレオン5世も頷いた。

「そう言えば貴国の大統領は、アメリカのナポレオンと呼ばれているのだったな。世界を敵に回してでも、理想と夢のために戦う姿勢は、我が大伯父ナポレオン1世に通じるものがある。良かろう。我々はここに『ナポレオン同盟』を締結することを誓う。自由と栄光のため、共に戦おうぞ」

 

順調に準備を進めていくロペス大統領だったが、イギリスの方もすぐに動きはしなかった。

帝政時代から続く武力を伴う帝国主義の拡大については議会でも反発が根強く、さらにフランスがパラグアイに同情的である旨は知れ渡っており、ここで手を出せば背後を撃たれるという危機感は当然持っていた。

ロペスとしても、攻め込まれなければそれで良いというわけでもなかった。軍備の増強は当然予算を圧迫し、ただでさえ独立市場の中で経済的な限界が見える中、その理由であったイギリスの侵略が無いとなれば、次の選挙での勝利も危うい。

起死回生を狙う自由貿易党も、ラファエル・バエスに代わる新たな党首として急進主義者のサンティアゴ・バルボーザを迎え、社会民主党(旧・急進党)への接近を図るなど、政治地図の変革も見えている状況であった。

かと言って、イギリスも万全なときに仕掛けても、フランスが助けにはきてくれない。

好機を、見つけなければ――。

 

そしてその瞬間は、1894年に訪れた。

すなわち、イギリス国内における、さらなる内乱の発生。

完全な平等を掲げるプロレタリアたちによる共産主義革命。この勢いは英国植民地を通してパラグアイにももたらされようとしていたが、政府はこれを断固拒否。

そして、この混乱をこそ、攻め込むべきチャンスであると判断し、すぐさまフランスへと連絡を送りつつ、その瞬間を待った。

そして、1895年5月24日。

英領パタゴニア植民地に対し、フランス帝国と共に宣戦を布告。

その勢力を南南米から駆逐すべく、侵攻を開始した。

 

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「エスコバルと言ったな。アルゼンチン戦争での活躍は耳にしている。ロペス将軍の副官を務められていたこともあったとか」

北部ブエノスアイレス戦線で指揮を執るベルナルディーノ・カベリェロ将軍は、傍らの副司令官に声を掛ける。このカベリェロ将軍もまた、アルゼンチン戦争の頃から、この国の栄光と成長を共に経験してきた軍人の一人でもある。

「ええ。将軍は常に偉大で、高潔なお方でした。今、こうしてあのお方の夢の為に強大なる敵と立ち向かう場面にいることもまた、実に名誉なことだと思っております」

応えるパトリシオ・エスコバル将軍は、カベリェロの言葉通り、アルゼンチン戦争にてロペス将軍の副官を務め、常に困難な任務を与えられながらも期待に応え続けてきた男である。

彼らは今、イギリス領パタゴニア植民地の首都たるブエノスアイレスに近接する最重要戦線を担当していた。英仏両軍が欧州やアフリカ植民地戦線で睨み合う中、比較的英軍の数もまだ少ないこの戦線で一気に進軍し、ブエノスアイレスを占領しようと試みるという、非常に危険かつ重要な作戦を任されていたのである。

 

「思えば、この国は常に戦争と共に成長してきた。それはパラグアイという小国にとっては必要な道であったことは確かだが、同時にそれはどこかで歯止めをかけなければならない類のものであるとも思っている。

 この戦いが、そのようなものであることを願うのだがな」

カベリェロ将軍の言葉に、エスコバル将軍も頷く。それを見てカベリェロは手を伸ばし、その肩を叩いた。

「貴殿がロペス大統領の後継者として内定していることは知っている。ここはまず、儂が前線に立ち、先陣を切り開く。貴殿はその背後で大局を見据え、適切なタイミングで反撃に出てくれ」

「い、いえ、カベリェロ大将、私こそが前に出ます。私はまだ若輩ゆえ・・・」

「焦るな。故にこそ、背後でよく見ておいてくれ。儂は戦うことしか知らん男だが、そんな男が平和の礎になれるのであれば、それが最大の名誉であり誇りであるのだから」

 

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カベリェロ将軍は自ら4万の兵を率いてブエノスアイレスを守るイギリス共和国軍へと突撃。

兵の質は同等。で、あれば数がものを言う。塹壕を敷き万全の防御態勢を取ろうとする英軍に対し、1万を超える榴散弾砲を揃え、数多くの犠牲を払いながらもカベリェロ将軍は強行突破を図ろうとする。

新バージョンで兵の種類が戦闘において重要になった。防御に特化する歩兵、攻撃に特化する砲兵、戦勝時獲得できる領地の数を増やすことのできる騎兵(その中でも槍騎兵は攻撃に特化)などである。ここではパラグアイ軍は砲兵の数を増やし、攻撃で優位に立つことを目指す部隊編成を整えた。

 

結果、1か月近い攻防戦の末に、カベリェロ将軍の部隊はブエノスアイレスを占領。この地にパラグアイ国旗を立てることに成功した。

だが、イギリス共和国軍もすぐさま反撃に出る。先ほどよりもずっと多い数の兵が次々と上陸してきて、ブエノスアイレスを占領したカバリェロ軍に包囲攻撃を仕掛ける。

カベリェロ将軍も決死の防衛線を試みるも、相手は英国の勇将エリック・ファルコナー元帥の部隊。カベリェロの部隊も次第に退路を断たれ、混乱の中で崩壊へと向かいつつあった。

そこに突撃する、エスコバル軍。

6万の兵を率いて、市街地に集まりつつあった英国軍を背後から強襲。こちらも犠牲は大きかったものの、着実にその兵を減らし、撤退へと追い込んでいった。

やがてパラグアイの占領地は確実に広がりを見せていき、南方アラウカニ戦線から押し上げてきたフランス軍とも間もなく合流し、英国パタゴニア植民地のほぼ全域がパラグアイ・フランス同盟の支配下に置かれるのも時間の問題となりつつあった。

この状態の中で、本国では共産主義革命が成功し、新たに「評議会共和制」の共産主義イギリス共和国が成立。

この混乱の隙を突く形で、フランスがイギリス本土・ロンドンへの上陸に成功。

革命の混乱と戦争の惨禍、通称妨害に苦しみ、追い詰められていくイギリス新政府。

ついには1896年5月10日。

開戦からわずか1年も経たずして、世界最大の帝国・イギリスは全面的な降伏を認める。

南南米にイギリスが領有していた植民地はすべてパラグアイのものとなり、ここに、旧パラグアイ・チリ・アルゼンチン地域を全て統合した統一国家パラグアイが成立することとなったのである。


「終わったか」

報告を聞き、ロペス大統領は息を吐くと共に革張りの椅子に深く背中を預けた。

「これでもう、我々を脅かすものは何もなくなった。

 あとは、この国を繁栄させるだけだ。それが、フランシア博士の意志を継ぐ、我々パラグアイ人の使命なのだから・・・」

 

 

エピローグ

戦後、パラグアイの英雄としてその名を不滅のものとしたロペス将軍は任期満了となる1901年まで大統領職を務めあげ、その5年後、1906年にその80年の生涯に幕を閉じた。

パラグアイ・イギリス戦争(巴英戦争)の英雄として名を馳せ、ロペスの後継者として大統領職に就任していたパトリシオ・エスコバルは、英雄たちの時代の終焉を宣言し、彼自身の信念たる民主主義を現実のものとすべく、長らく国民に渇望され続けてきていた「普通選挙」をついに実現することとなる。

その結果、1909年の選挙では労働者たちを支持基盤とした社会民主党が僅差で勝利し、政権交代。

新たに労働組合出身のエドゥアルド・セルベラによる社会民主党政権が成立するも、青の党との連携を模索しつつ、極端な共産主義に振れることなく穏当な平等社会の実現に向けた改革が進められていくこととなった。

 

 

そして、時代は1936年を迎える。

 

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「かつて、この国には英雄がいた」

パラグアイ第9代大統領として就任したルフィーノ・レカルデ・ミレジ大統領は、広場に集まった聴衆に向けて語り始めた。

「かつてこの国が今よりもずっと小さかった頃、そのままでは他国に蹂躙され、隷属させられてしまうであろうはずだったこの国を大きくし、自由で偉大なる国家としての基盤を作り上げることとなった英雄たちである。君たちも知っているであろう、ロペス父子やエスコバル将軍である」

貧しいタイポグラファーの見習いとして青少年時代を過ごしていたミレジは、若い頃から無数の新聞や物語に触れ、幅広い知見を有していた。その知性と雄弁な語り口でもって、大統領演説を一目見ようと集まった聴衆たちはたちまちのうちに魅了されていった。

「やがて、今から40年も前の最後の戦争にて、我々はついに永遠の自由を手に入れた。それからは混沌とする世界と距離を置き、この国は着実に成長してきた。

 しかし、今また世界は不穏さを現しつつある」

フランスでも共産主義革命が巻き起こり、パリを中心とした「コミューン」勢力がこれを席巻し、支配権をナポレオン5世から奪い取っていた。そして英仏両勢力はアフリカを舞台に激しい植民地闘争を展開。世界大戦間際の様相を呈していた。

 

「その雰囲気は我が国にとっても無視できるものではなく、かつて我々と共に民主主義に目覚めた軍部にも英仏の影響を受けた共産主義思想が蔓延し、一部の民族主義者たちもこれに反対する過激な右翼思想政党を結成しつつある。今はまだ彼らの勢力は弱小ではあるものの、今後この国に無視できない影響を及ぼし得る可能性はある」

 

「だが」とミレジは続ける。

「これらの不寛容と過激主義とに屈してはならない。我々は常に自由であり、寛容であり続ける国家として、この南南米の地を永続的に繁栄させていく義務がある。先日も、長らく敵対関係にあった自由貿易党とも、歴史的な和解を実現させるに至った。その党首はハンガリー人であり、多文化主義的な新しいパラグアイを象徴する存在であると言えるだろう」

「さらにはこれも犬猿の仲とされてきたコロラド党の党首フアン・シンフォリアーノ大司教とも同盟を締結した。我々の自由と誇りとを毀損する不寛容との対決を、共に手を取り合い推進していくことを誓い合ったのである」

 

「今や、我々は英仏に次ぐ、世界3位の大国へとのし上がってきている」

「実に多くの文化・民族が暮らしていたこの南南米の地にも、『パラグアイ人』としてのアイデンティティを持つ新しい世代が大半を占めつつある」

 

「今、この国にはかつてのような英雄はいない。かつてのように強烈なカリスマをもって私たちを導いてくれる偉大なる存在は、この国にはもういない。

 そして、それは必要ないだろう。私は一介の貧しい都市労働者として生まれ、ここまでやってきた。そんな私は、決して君たちよりも偉大な存在などではない。

 我々は共に、この英雄なき国で、手を取り合い、ときに間違いながらもそれを許し、そして先人たちが築いてきたこの誇りある国を守り、継承していこう。

 我々は英雄ではない。しかし、英雄の描いた夢を継ぎし者たちである。パラグアイの前途には、まだ数々の困難が待ち受けているであろうが、私たちはかつての夢を胸に秘め、これに挑んでいこうじゃないか。

 パラグアイの民よ! 共に、共に新たな夢を見よう!」

 

 

かくして、パラグアイは史実の過酷なる運命を乗り越え、強大なる国家へと成長した。

その先には決して幸福や平穏だけが許されているわけではないだろう。

それでも彼らは、この夢を実現させた英雄たちのことを記憶し、そしてその夢を、代々継承していくこととなるだろう。

 

 

永遠の独裁者は、もはやこの国には存在しない。

それでも、永遠の栄光と繁栄とを、願う人々の夢は、きっと不滅のものとなるだろう。

 

 

Fin.

 

 

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*1:なお、ゲーム的にも、中小国の最初の企業選択は、金山が存在するのであればこの貴金属工業を選択するのは十分に旨味のある選択だと思われる。とくに中小国でも小国に偏れば偏るほど。企業は該当する施設の建設スピードと生産性に大きなボーナスをもたらすのだが、今回でいえば建設スピードに29.6%のボーナス、生産量に14.6%のボーナスがもたらされている。加えて画像にある通り、貴金属工業の「繁栄ボーナス」によりさらに鋳貨収入に対する5%のボーナスが加わるため、1872年時点の金鉱山収益だけで1万4千ポンド以上を叩き出していた。同時点での国家収入全体が3万4千ポンドであったため、その実に3分の1以上が金鉱山とこれを膨らませる貴金属企業によるボーナスで賄われていたことになる。